断腸亭料理日記2010

王子の居酒屋 その2

今日は、先週のつづき。

夕方、王子の事業所で打合せ、6時過ぎ終了。
王子駅付近で同僚二人と呑もうと、店を探索中。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

北口。

ここで見つけたのは、実に感じのよい居酒屋。
王子の労働者の方々を含め、王子地元では、おそらく有名であろう。
私は知らなかったし、知られていないのではなかろうか。

そこで、今回は店名も場所もシークレット。

なぜか。

以前私はこんな主張をしたことがあった。

北千住の老舗居酒屋が有名になり、下町ツアーといって、
押し掛け、居合わせた他の客のマナーのわるさへの批判を
グルメサイトに書き込んでいる人があった。

この種の店の場合、他のお客のマナーの善し悪しについて、
わざわざ出かけていった方が文句をいうべきではない。
マナーのわるい人もおそらく、地元の人であろう。
こういう店は、地元の人のものであること。
マナーのわるいのもいる、ということも含めて、
下町の居酒屋ではないか、ということ。
そういうところでよそ者が楽しみたいのであれば、
謙虚な姿勢で、ありのままのその店を受け入れるのが
正しい姿である、ということ。
そういう人には、私は、自分の価値観を一方的に押し付ける
山手的で不遜な“上から目線”を感じて仕方がない。

と、そんな、主張である。

そんなことを背景に、種々の影響を鑑(かんが)み、
シークレット、で、ある。

だが、ま、そういう私も、当社従業員は赤羽専門で
過去王子駅付近では呑んだことはなかった。

しかし、私達も王子界隈に工場のある会社の従業員である
ということで、お仲間に入れていただくとして、入ってみた。

場所は、駅前のとある路地。

開けて入ると、店内は、随分と広い。
そして、なぜだか、天井も高い。

パイプ足の昭和のテーブルと丸い椅子。
6時半頃だが、王子の労働者諸兄でにぎわっている。

立ち働いている、オニイさんに3人と指を出すと、
ちょうどあいた席があり、こっちへ、と
指示す。

テーブルを拭いてくれて、三人座る。

壁には、つまみの名前が書かれた短冊(たんざく)が一面、
所狭しと、貼られている。

ハムカツ、煮込み、その他いろいろ。
一品の多くが、200円。

呑みものの表示が、なにを意味するのか、
今一つ、わからない。
生ビール、大、中、小、は、わかるのだが、
わからないのが、焼酎。

いいちこ、だったり、銘柄と値段は書いてあるのだが、
酎ハイ、あるいは、レモンハイ、ウーロンハイ、
などという名前では書かれていない。
酎ハイはないのか?。

しかし、他のお客さんのテーブルには酎ハイ、らしきものが、
あるし、この店で、酎ハイがないわけはない。
どう頼んでよいのか。
これがわからない、のである。

悩んでいても仕方がないので、一先ず、中生を三つ。
つまみは、ハムカツ、煮込み、その他、めいめい、
好きなものを頼む。

ハムカツ。


揚げたて。
うまいぞ。

板わさ。


マグロブツ、と書いてあったが、


これは中落ち、である。
むろん、うまい。
向う側は、筋子と、煮込み。

生を呑み終わり、やっぱ、酎ハイ、で、ある。

壁には、焼酎の銘柄以外に、炭酸水、ミネラルウォーター、
など書いてある。別々に頼んで、勝手に混ぜるのでは?
と、気が付いてくる。

歩いているおじさんに、焼酎と炭酸、と、頼んでみる。

すると、おじさんは、いいちこ、の、瓶と、ショットグラス、
氷とプラスチックのマドラーの入った大きなグラスを持ってきた。
テーブルで、ショットグラスに、いいちこ、を
なみなみと注(つ)いで、氷のグラスに入れる。
(目の前でやるのは、ごまかしてませんよ、と、いうことか。)

ふむふむ、これで、酎ハイにはなった。


少し呑んで、またまた、気が付いた。
なにごとも、別なのだ。

またまた、歩いている、今度はオニイサンに、
レモン、と、いってみた。

すると、大きいの?小さいの?、と、聞いてきた。

よくわからぬが、、、
小さいの、と、いってみた。

と、1/4、ほどに切った、レモンを持ってきてくれた。

絞って、
は、は〜、これで、レモンハイ。

完全に、自分でやる。
戦後、酎ハイが生まれた頃のスタイル、と、いってよかろうか。

呑んで、お代わり。

また、お代わり。

・・・。

同僚二人は、関西に新幹線で帰らねばならぬ。
そうそう引き止めてはいけない。

8時、店を出る。

いやいや、よい店を見つけた。

そういうことばかりをいうのも、
いかがなものか、とも思うのだが、
ズバリ、昭和、という居酒屋、であろう。

まさに、東京下町、“労働者”の街、王子ならでは。

昔の、寅さんの映画に出てきそうな、、

まさに、端っこのテーブルで、寅さんが一人で呑んでいて、
隣のテーブルで呑んでいる、工場(こうば)で働く
お兄ちゃん達に話しかけている。
「え、え〜っ、労働者諸君!」、なんて、、。

東京に限らなかろうが、街、というものには
匂いがある。前に書いたような気もするが、これは、
土地の記憶、と、いうようないい方もできるかもしれない。

広い東京、下町、山手、というような単純な区分け以上に、
例えば、同じ下町でも北千住も、三ノ輪も、町屋も、立石も、
錦糸町も、浅草も、押上も、森下も、門前仲町も、みんな違う。

それは、それぞれ江戸から、あるいは、明治以降も含め、
様々、違う歴史を持ってきたからである。
この歴史には、よいものもあれば、忘れてしまいたいこと
も、あるのも事実、ではある。
(その街に生まれ育った人間はむろん説明をするまでもなく、
知っていることではある。)

例えば、皆さんはマンションやら、東京で
自分の住むところを捜す際に、住宅情報誌などを
ご覧になるのだと思う。そこにはターミナル駅まで、
どのくらいの時間なのか、スーパーがあるかどうか、
小学校が近いか、などなど、が書かれている。
これらを参考に選ばれるのであろう。
これは、規格化された土地のスペックである。

先に書いたような、歴史を含めた、土地の記憶は
むろんのこと、スペックには書かれていない。
地方から出てきた方は、東京はみな同じかと思って住んでみて、
違うのに気が付いた、と、いうことも多いのではなかろうか。
地方出身でなくても、東京で生まれ育ってはいても、
自分の普段行かないところは、知らないし、
さらに、最近は、わからない人が増えているのではないか、
と思う。

やはり、その街に住む、あるいは仕事をする、でもいいが、
これは知っているべきこと、なのだと、私は思うのである。

知らないで暮らすというのは、極端ないい方だが、
その土地の記憶に対して失礼、というものではなかろうか。
我々は、こういうもの、一言でいうと“歴史”、に
謙虚であるべきだと考える。

ビルやマンションが同じように駅前に建っていても
東京の街は、みんな、違うのである。
そして、違うからおもしろいし、
できたら、その違いは、残ってほしい、と、私は思う。
どこの駅前にも同じようなチェーンの居酒屋しかなければ、
つまらなかろう。

ちょっと王子から、話は飛躍してしまったが
今日の居酒屋は、今は、ある程度きれいになっている
王子の街からすると、理解しきれないかもしれない。
様々書いてきた、古い工場地帯の街、
王子の持っている土地の記憶と合わせると
愛すべきところ、と、腑に落ちる。

最初に書いた、北千住の居酒屋の不心得な客に
怒っていた人にも、上っ面の“よさげ”な下町だけではなく、
北千住の土地の記憶を知ってほしい。
それを考え合わせ、不心得な客も含めた
北千住の街を愛してほしい、ということなのである。

王子にくる時には、必ず寄ろう。






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