断腸亭料理日記2011

箱根塔ノ沢・福住楼 その3

箱根塔ノ沢温泉、福住楼での年賀状書き。

二日目の朝、で、ある。


早く寝たので、
比較的早く、目が覚めた。

寒いが、天気はよい。


窓から見える、早川、上流方向。


同じく下流方向。

この写真ではわかりずらいが、この窓の硝子も古いのではなかろうか。
見たことがある方も、あるいは、ご記憶にある方も
おられようが、古い硝子というのは、斜めから見ると、
波打って、歪んで見える。

これは、硝子をまっ平らに作る技術がまだ
一般的でなかった頃の、古いものである。

こういう硝子を見ると、温かみを感じ、
なにかほっとするのである。
硝子なんというのは、むろん、簡単に割れるもの。
それを70年も80年もきれいに磨いて使っているということも
稀有なことではないか。

朝飯前に、また風呂へ。

その間に、布団はあげられ、朝飯の準備が整う。


朝飯に湯豆腐が出る、というのは、よい。

温かい玉子焼き。
鯵の干物もむろん、温かい。

蒲鉾、わさび漬け、きゃらぶき。

湯豆腐の隣の小鉢は、芋茎(ずいき)を甘辛く煮たもの。


いかの塩辛、焼き海苔、お新香に、味噌汁。

十分すぎる、朝飯、で、ある。

毎度書いているが、ここでは必ず、二泊することにしている。
時間と予算が許せば、むろん、二泊以上したい。

この理由は、年賀状を書きに来ているから、ではあるのだが
こんないい旅館に泊まるのならば、一泊では
もったいない。

そして、なにより、朝、慌(あわただ)しく勘定をして出る、
ということをしなくてよい。
これがなにより、贅沢、でよい、のである。

飯をのんびりと食って、また、風呂にいってもよい。
この時間がよい。

が、まあ、することは、しなくてはいけない。

年賀状書き。

書く、と、いっても、宛名と一言を書くだけではある。

12時すぎ、内儀(かみ)さんはまだのようだが、
私の方は、一段落付く。

昼間の人気(ひとけ)の少ない静かな旅館というのもよい。
なにか、この空間を貸し切ったような、まさに、自分の
家のような、そんな気がしてくる。


昼飯は、外に食べに出る。

どこへ行こうか、考える。

選択肢は、蕎麦、洋食、、、。
(湯元のはつ花など、洋食は富士屋ホテルなど)

どうも、こればかりでは、つまらない。

鮨やはなかろうか。
以前は、稲荷寿司が名物であった店が湯元にあったが、
移転してしまった。

ちょいと、調べてみる。

湯元あたりには鮨やというのは、そう多くはないのではなかろうか。
(もっとあってもよさそうではある。)

一軒、通り沿いにあるのを見つけた。
着替えて、ぶらぶら歩いて出かけてみることにする。

玄関の帳場に座っている若旦那に声をかけて、出る。

この、いってらっしゃいませ、と、送り出されるのもまた、
なにか、うれしい。


玄関の前にあった、石の手水鉢であろうか、
水がためられ、浮いているものがある。

なにかと思って近づいてみると、鞠のような菊の花、
であった。


塔ノ沢というのは、湯元の一つ上の温泉街で、
湯元までは、10分程度であろうか、すぐ、で、ある。

目指す鮨やは、通り沿い、中村家、という。
駅よりも、ずっと手前、こちらから行くと左側。

入ってみると、昼時、さすがに混んでいる。
荷物なんぞも置かれている、小あがり。

寒いので、燗酒にしようかと思ったが、内儀さんが
ビールがよいというので、譲る。

鮨は、名物の鯵と穴子のにぎりと、やはり、看板の
蒸し寿司を頼んでみる

にぎり。


穴子は、名物というだけあり、ふっくらと柔らかく、
なかなかなもの。

蒸し寿司。


いわゆるちらし寿司を蒸したもの。
包丁目が格子状にきれいに入った茹でたいか、
海老、その他、甘いたれもかかって、うまい。

途中、やっぱり、お酒ももらって、いい気分。

勘定をして、また、ぶらぶら、もどる。






中村家
箱根町湯元691
0460-85-7351





福住楼




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