断腸亭料理日記2011

池波正太郎と下町歩き・

八丁堀・その2



引き続いて、八丁堀。




江戸の地図。



昨日は、江戸の頃、八丁堀が代名詞にもなっていた
町奉行所の与力同心について書いてみた。

明治以降の八丁堀はどんな町であったのか。

これは、聞けばなるほど、と思うと思われるが、
池波先生とも、無関係ではない。

八丁堀の隣は、茅場町。
茅場町はなんの街か。

そう、株屋さんの街。
大小の証券会社が軒を連ねている。

1878年(明治11年)、兜町に
今の東京証券取引所の前身の、東京株式取引所が
売買立会を開始している。

随分と、早いようだが、日本近代化の
開始、ということであろう。

以来、明治、大正、昭和初期、茅場町は、
株屋さんの街として成長し、彼らの使う
料亭なども随分とあったという。

有名なのは、其角、という、江戸の頃の俳諧師、
其角の屋敷を使った家。

その隣の、八丁堀も、その頃には、寄席、講釈場、
その後には、映画館もあったという。

そして、池波正太郎少年は、小学校を出ると、
(いくつか、紆余曲折はあったようだが)、
とある、株式仲買商店の少年店員、小僧として
仕事を始めた。

戦争前の、昭10年前後からのことであろう。

池波少年は、仕事が終わると、茅場町の仕事場から、
八丁堀の銭湯へいき、一っ風呂浴びて、それから、
講釈場、映画館へいったり。

(景気がよければ、タクシを拾って、友達と
横浜へ繰り込んだり、あるいは、北へ向いて、
神田連雀町で、軍鶏鍋をつついて、吉原へ、、
なんということもあったのか。)

今は、この界隈には、寄席はおろか、
映画館すらなく、面影もないが、
そんな昭和初期の風景であったようである。

池波先生は、その頃、八丁堀で見た映画では、
溝口健二監督の『元禄忠臣蔵』に大いに感動した、
と話されているようである。




今、江戸の頃の八丁堀はおろか、明治大正、戦前のものも
おそらくほとんどない。
昨日書いた、京華小学校の建物くらいでは
なかろうか。

その京華コミュニティーセンターの路地を入って、
真っ直ぐに歩く。
この通りは、すずらん通りというらしい。
少し前までは八丁堀の商店街であったようである。

上の地図では、途中で左に曲がり、このあたりの
氏神様、天祖神社までいこうとも考えていたのだが、
やめて、真っ直ぐ。

少し大きめの通りを右。
新大橋通りを渡る。

天気予報でも暑くなるといっていたが、
よい天気で、日なたに出ると、汗がにじんでくる。

新大橋通りを突っ切って、道なりにいくと、突き当たる。

突き当たったところにあるのは、お稲荷さん。
その向こうは、川。
ここは、川っぷち。

この川は、亀島川。
その昔の名前は、越前掘。

このお稲荷さんは、日比谷稲荷、と、いう。

赤い幟にも、書いてある。

あまり、憶えている方もあるいは、ある、かもしれぬが、
この『講座』の新橋の回にも、日比谷稲荷(神社)、
というのが出てきている。

新橋の新幹線の高架のすぐ下に、今は真新しい
社(やしろ)があった。

そう、その、日比谷稲荷と、
同じ、日比谷稲荷、なのである。

支店というのか、フランチャイズ、というのか。

しかし、なんで日比谷?。

新橋にしても、八丁堀にしても、日比谷公園の
日比谷からは離れている。
これは、なにか?。

この日比谷は、やはり、あの、日比谷公園の日比谷、
なのである。

家康が江戸城を築く以前、日比谷には、人の住んでいる
村があった。これが城下町建設とともに、新橋、
芝口付近に移動させられ、新橋に、日比谷町というのが
できたのである。
そして、日比谷村にあったお稲荷さんも新橋に移された。

さらに、その後、芝口に火除け地が設けられることになり、
さらに、日比谷町の一部が、今の、この八丁堀に移された
のである。

そして、お稲荷さんも、この地に移ってきた。

よくよく、日比谷村というのは、移転に縁のあった町である。
放浪の日比谷、さすらいの日比谷、で、ある。

このお稲荷さんは、新橋も、ここも、鯖(さば)稲荷、と、
呼ばれていた。

なにか祈願をする時には、昔はいわゆる、断ち物、をした。
なにかをやめる、という習慣があったのである。

たとえば、食べ物。

日比谷稲荷は、鯖を断つのである。
鯖というのは、いささか妙ではあるが、
理由はよくわからない。

鯖を断つと、虫歯と、虫封じになる、と、
いっていたという。

日比谷稲荷と、鯖、というのも結びつかないし、
さらに、なぜ、虫歯と、虫封じなのか、
わからぬが、ちょっと、おもしろいではないか。

そう、そう。
昔は、病はみな、なんらかの虫がわるさをしていた、
という感覚があったようである。

落語にも、疝気の虫、なんという、
おもしろい噺があったりする。
(ご興味があれば、聞いてみていただきたい。
おもしろい。談志師匠のものがお勧め。)

いや、病だけではない。
各地に、庚申塚とか、庚申塔、というような地名などが
残っているのをご存知ではあるまいか。

これは、庚申の日の夜に、人の体にいる虫が、天にその人の
悪事を伝えにいってしまうので、一晩中起きている、
なんという習慣があった。

虫が起こす病気も、あんまり、
重篤なものではないような気もする。

神様と同じように、昔の日本人は、自分達の身体と
そのそばに、なにか『虫』がいた、と考えていた
のである。

ちょっと、おもしろい。

今でも、このお稲荷さんの赤い幟には、
かわいい鯖の印(しるし)がついている。



つづく。





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