断腸亭料理日記2012

鳥越祭 その4

引き続き、日曜日。

鳥越祭、私の住む七軒町の本社神輿渡御。

昨日は、神輿の到着まで。



到着し、鳶頭と宮司さん、睦(むつみ・町内の祭組織)の
役員さんとで、神事。
睦の役員さんは、揃いの着物を着て尻を端折(はしょ)って
襷(たすき)をかけている人達、で、ある。


黄色い襷をかけた、七軒町睦の代表が前に立つ。
さあ、いよいよ、担ぎ手が交代。

脇に控えていた、七軒町のメンバーが棒に入る。

白木の太い棒にピラピラの紙が付いているのが
見えると思う。
これが神輿の先導をするもの。
御幣(ごへい)、神が宿る依り代(よりしろ)。
神輿が角を曲がるときなどは、こっちだよ〜、と、
曲がる方向に先に行っている。

神輿というのは、ハナボウ(端棒、花棒)、などというが、
棒の一番前、ここを担ぐのが、最も目立つし、皆、
ここに取り付くことを目標にする。

従って、この最初に棒に入るときに、棒の先端、
ハナボウに取り付こうと、殺到する。
そして、お定まりの小競り合い、果ては、喧嘩に
発展する。三社などでは、まあ、常にそういう場面が見られ、
それを鳶頭(カシラ)が押さえる。

三社などに比べて、やはり、鳥越はおとなしいし、
加えて、我が七軒町は、皆、紳士。

外から担ぎにきている同好会の人々も多数いるのだが、
彼らへも毎年のことだが、念入りに言い含めてあるのであろう。

棒に取り付くときも、絶対に走らない。
歩いて、ゆっくり入る。

ここなん年も、小競り合いすら、起こっていないと
思われる。
(見ている方とすれば、多少の悶着があった方が、
おもしろいのだが、そうもいくまい。)

おとなしく棒に入り、拍子木を打って、担ぎ始め。


上がった。

やはり、千貫神輿、見ている方も力が入る。


そして、すぐに、サシた(あげた)。

どうなのであろうか。
七軒町の場合、本社神輿の担ぎ手は、よくわからないが、
6〜7割は外から担ぎにきてくれている、同好会の
人達なのではなかろうか。
彼らは神輿フリークであり、まあ、いわば、プロ。
(なかには、コワモテの方もいたりはするが。)

腰も入り、堂々たるもの。

ただ、彼ら、多少の難点もあるよう。

鳥越の神輿を担ぐ時の掛け声は
『オリャ、オリャ』と、決まっている。

昨日の、町内神輿渡御の高校生などには、毎年のことだが
初めて担ぐので、これを、睦代表の方が、教える。

同好会の人々には、やはり、彼らなりの、流儀、がある。

多くは、郊外から担ぎにきている。
その本拠となる地域の流儀、掛け声、が、出てしまう。

本来、三社は、ワッショイ、であったが、
いつしか、彼らの影響で、ソイヤ、になってしまった
と、誰かが言っていたが、そういうことなのであろう。


路地に入るために、向きを左に。


七軒町神酒所前。


ここで一息。
担ぎ手、交代。


右折。

マンションの横を抜け、


左衛門橋通りへ出て、左折。


と、もう、ここで終わり。
狭い町内の七軒町は、担げる距離も短い。
神輿を置いて、手締め。
七軒町の担ぎ手は、後ろへ退散。
次の永住町会へ引継ぎ。


同じ神事があって、


永住の担ぎ手が棒に取り付く。
こちらは、多少、ハナボウ争いは、荒っぽい。
が、小競り合い、にまでは発展しない。


永住の半纏は、シンプルな紺地に丸に永住。
クラシックといってもよい意匠。


ここまで見送って、引き上げ。

2012年、2年ぶりの鳥越祭、七軒町本社神輿渡御、
無事終了。

お疲れ様でした。


さて。

やはり、祭、というのはよいものである。

元来、私自身、祭そのものが好き、なのだと思う。
その上、それが自分の住んでいる町内のメンバーとして
参加できる、ということが嬉しいのである。

『土から離れた不安』ということを言ったのは
その昔、私が学んだ日本民俗学の祖、柳田國男先生であったか。

これは本来日本人が持っいる土地というアイデンティティー、
この土地とは耕すことと不可分なものとして、から離れた、
都市民の不安、というようなことをいった、と、思っている。

農業をしない都市民(=江戸・東京人)が本当に不安で
あったのかどうなのか、それはわからぬが、
それ以上に、高度成長期の祭のない東京郊外の
新興住宅地で育った身とすれば、産土神があり、
町内会があり、そこに根差した祭がある、
というのは、とても安心できること、なのである。







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