断腸亭料理日記2013

13年をふり返って。その1
和食のユネスコ無形文化遺産登録

師走に入って、早、十日にならんとしている。

今年をそろそろふり返ってもよい頃かと思われる。

今年という年は、やはり多少、よい年であったのであろう。

アベノミクス効果で多少景気もよくなり、
東京オリンピックも決まった。

世相というのか景気循環からすると、
ターニングポイントになる年だったのであろう。
(個人的にはNHKドラマ「あまちゃん」が
そうとうにインパクトがあったが。)

そして和食が、ユネスコ無形文化遺産に登録された
ということ。

このこと、候補に決まった時にも少し書いた
私としては今年の話題として、No.1に挙げたいのである。

和食がユネスコ無形文化遺産になったのは、
多分に政治的な動きのなかで決まっており、実際には少し
複雑な思いもある。

そもそも、食というものが、文化財認定される、ということ自体
今まで、わが国ではなかったことであろう。

日本の無形文化財は、能狂言、歌舞伎、落語も
少し前に入ったが、いわゆる伝統芸能。
陶器、木工、織物、染色、等々の伝統的職人仕事、で、
食、料理、というのは含まれてこなかった。

これはなぜであろうか、やはり、疑問である。

どうもこれが気になってしょうがない。

世界的にもそうなのであろうか。

イタリアのDOP(ヨーロッパなどではワイン、チーズ、ビールその他、
伝統的な食品に対して、原産地名称を名乗る規格のような
ものが、かなり古くから厳格に定められてきたようである。

有名なところでは、シャンパンは、フランスのシャンパーニュ
地方で作られたものだけが名乗れるというものあたりか。
細かくはわからないが、原料、製法なども定められている
のであろう。

食の文化財化というと、なんとなく、このあたりが近いような気がする。

あるいは、ドイツのマイスター制度、なんというのがあるが
職人側を認定するものだが、これもその類になろう。

そういえば、中国にも料理人に認定制度があった。
点心師なんというのを聞かれたことがあるかもしれぬが、
点心を作る点心師は7ランクに分かれ、一番上は特一級というようである。

日本には調理師なんという料理人の資格はあるが、
ランク分けのようなものではなく、専門学校へ行けば
誰でも取ることができて、本質的には違うように思われる。

食の規格、というと、日本には農水省の管轄する、
JAS、日本農林規格というのがあって、しょうゆ、醸造酢、削り節、
煮干しなどある程度の伝統的食品が入っているが、例えば、
味噌は含まれていないなど、なんとなくヨーロッパに比べれば
中途半端な印象である。

もっとも、元来地方色がある食品、食材を一つの規格でまとめよう、
というのも無理があるような気がする。

一方、食文化というくらいで、農水省の管轄というのは
今一つ、違和感がある。
今回の和食が、認定されたことにも農水省の力が働いている
というが、個人的にはちょいと胡散臭さを感じている。

では、文化、学術の面ではどうであろうか。

食を研究する学問というと、栄養学なんというのがある。
これはこれでむろん必要なのであろうが、
文化という面では、今一つ心もとないのような
気がする。

また、私が学んだ民俗学などはどうであろうか。
民俗学でも食は扱わなくはないが、やはりどちらかと
いえば、神事だったり、儀礼としての食を主として扱い、
にぎりずしであるとか、うなぎ蒲焼であるとか、
街の普通の伝統的な食い物はあまり扱わない。

日本史などでもある程度、食い物は扱うのであろうが、
あまり体系化されたものがありそうな気配はなさそうである。

ただ、今回の和食の認定で、よくTVにも登場した
静岡文化芸術大学学長の熊倉功夫先生。
専門は茶道史で、この先生の筑波大時代、私は現役の
学生として重なっていたので講義には出ていたこともあった。
料理文化史も研究対象に入り、この熊倉先生あたりが、
日本史系の食い物の研究では中心なのかもしれない。
(そういえば、茶道は無形文化遺産、無形文化財、には
ならないのであろうか。これも不思議。)

ただ、やっぱり、ちょいと高尚な感じも否めないか。

庶民の食い物、で、ある。

やはりどうも、史学にしても民俗学でも(都市の?)庶民の
普通の食は研究対象から落っこちてきたのではなかろうか。

普通の食は普通の食でも、例えば江戸前鮨であれば、
毎度書いているが[すきやばし次郎]の小野二郎氏などの
技術は、重要無形文化財保持者、人間国宝として
認定し、その技術を保護継承すべき文化的水準の高さを
持っていると私は思うわけである。

庶民の普通の食い物も、ちゃんと研究すべきであろう。

じゃあ、お前がやれよ、と、言われそうか。

読んで下さって憶えておいでの方もおられるか。
少し前に、丼物の歴史を、明治以降の新聞から拾って、
ちょっと調べてみたことがある。

うな丼や天丼、かつ丼など、まったく当たり前に
今、皆が食べているものも、実際にいつ頃生まれたのか、
なんというのは、あまり語られないし、放っておけば、
いずれわからなくなるものでもあろう。

余談だが、以前から引用させてもらったりしているが、
花街研究の加藤政洋先生。

花街も江戸吉原のようなメジャーなところな別にして
明治以降だったり、地方だったりすると研究対象から抜け落ちてしまう。

加藤先生は地理が専門だが、近代日本都市史というのか、
現代の東京でも京都でも、大阪でもよいのだが、花街を無視して
街の成り立ちは語れない。重要な研究分野である。

ともあれ。

話がだいぶへんな方向へいってしまった。

欧州や中国などと比べても、日本の食、料理の研究、あるいは
文化的な保護育成については、やっぱりどうも、抜け落ちてしまっている
と、いってよいように思われる。
特に庶民の食べ物については。

先に世界の認定が付いてしまったが、
これから、きっと光があたっていくのか。

ただ、農水省が旗を振っているのがやっぱり少し気になる。
食というもの、地方色豊かなものであることは自明だし、
述べてきたように、庶民も忘れてもらっては困る。
画一化したものにならないことを祈る次第である。


 






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