断腸亭料理日記2014

我が国の人口減少について

その2


今日は昨日のつづき。

(その前に、昨日の訂正。通産官僚だったのは対談相手の堺屋太一氏
でした。中田宏氏は私より一つ下で、どうも年が合わないので
ヘンだと思いっていました。失礼いたしました。)


我が国の人口減少について。

戦争中からの国策を引きずっていたようではあるが、
戦後、通産省の政策で日本という国の均質マーケット化
計画のために、東京一極集中が、計画的に行われていたという事実。

まあ、驚きであろう。

そして、恐るべし、通産官僚、か。

さらに、昨日は、出版の取次が東京でなければいけなかった、
ということを書いたが、中田氏のページでは堺屋太一氏は、もう一つの
例が挙げている。

それはマスコミ、TVで、ある。

よく民放キー局というような言い方をするが、
フジテレビ系のFNNであるとか、テレ朝系のANNといった
民放TV局のネットワークグループがある。
これの中心になっているのを、キー局というのは
皆様ご存知であろうが、これも東京にしかない。
つまり、編成権は地方局にはないということ。

これも国策であったと。

ともあれ。

江戸時代から首都は江戸・東京であったわけで
国中で最も人が集まり、国中で最も耳目を集めていた
ということは間違いはない。

しかし、大坂(阪)、名古屋、京都、その他の都市にも独自の
文化、政治、経済は確かにあったのである。

また、戦前以前というのであろうか、歩くか、海上交通しか
なかった江戸時代はもとより、鉄道でもそう簡単には移動が
できなかった、戦前までは、物理的にも、地方の独自性
というものは継続していたのではなかろうか。

先の通産省の政策に加えて、「新幹線と高速道路で
列島を結べばいんです!」、と、いったあの首相のことを
思い出さざるを得まい。

そう、田中角栄さん。

まさに、高度経済成長の始まりのあのあたりから
なのであろう。

政策的に東京一極集中が押し進められていった。

通産省の目論見も、均質なマーケットにして
経済成長を成し遂げる、であったわけだが、
結局、彼らはまんまと思い通りの結果を出した
わけであったわけである。

そのおかげで、東京はもちろん、我が国全土、全国民、まあ、
あまねく、飢えることはまずなくなり、経済成長の果実を
得ることができたわけである。
そういう意味では、彼らに感謝しなくてはならないのかも
しれない。

まあ、そこまでいわないまでも、責められることではないと
思うし、今さら責めてみても始まらない。
(我々の世代などは、その果実を享受した最たる者達
なのかもしれぬ。特に私などは東京に生まれ育ったわけであるし。)

しかし、まあ、その後の結果はご存知の通りことになり、
この国自体が、「消滅可能性国(?)」になりかねない
有様なのは厳然とした事実である。

私なんぞがいわなくとも、今まさに、盛んに、成長戦略
というのが議論をされている。
人口減少も然り、で、ある。

で、最初に述べたように、今私自身が大見得を切って
書き述べられるような、結論や提案を持っているわけではない。

ただ、思うのは、単純なことだが、自分の生まれ育った故郷というものは
大切にしなければならないということ。

毎度書いているように私は、東京で生まれ育ったが
父や祖父母の生まれ育った東京というものはもう東京には
かけらすらない。

東京一極集中というのは、江戸・東京の歴史も壊していった
ということでもあった。(私自身はそれを探しているのであるが。)

そういう意味で私達は、私達がどこからきたのか、
どんな文化を持って生まれてきたのかというのを
戦後、東京、地方限らずどこかへ捨ててきてしまった
のである。

江戸の頃の地方地方で固有の文化のあった頃を
もう一度、みんなが思い出してもよいのではなかろうか、
と、思うのである。

国策で東京に集められただけなのではないか。
(その東京自身も壊されたのだが。)

戻そうではないか。

別段、電気、ガス、水道やネットをやめて、
鎖国時代に戻そうといっているのではない。

郷土料理然り、方言然り、なんということもない日常を
お父さんお母さん、お祖父さんお婆さんが暮らしていた頃へ
少しだけ戻してみてはどうだろうか。

東京でもはや霞の彼方だが、地方では
もう少しやさしいのではあるまいか。

そして、きっとそれは豊かな生活
なのではなかろうか。

そこからなにか始まるような気がするのである。







 


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