断腸亭料理日記2014

国立劇場三月歌舞伎公演

菅原伝授手習鑑〜車引

處女翫浮名横櫛 その4

3月22日(土)


国立劇場の歌舞伎見物、4回目。

「處女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)」
昨日は、二幕目、薩た峠一つ家の場、まで。

これから、お富の強請(ゆすり)、赤間屋店先の場、
同奥座敷の場になる。

赤間屋に安蔵とお富は押し掛け、
目論見通り二百両という金を赤間屋からせしめる。


画:二代目国貞 元治1年(1864年)江戸 守田座
赤間源左衛門、四代目中村芝翫 お富 こうもり安 三代目市川九蔵
船穂幸十郎 中村仲太郎

そして、次の狐塚の場で、亭主の安蔵(蝙蝠安)を
殺して二百両全部をせしめ、与三郎に金を渡し、与三郎は
それで宝刀を取り戻す。

画:国周 元治1年(1864年)江戸 守田座
赤間源左衛門、四代目中村芝翫 お富 こうもり安 三代目市川九蔵


お富は満足気に帰参する与三郎を見送る。
その後、お富は取り方に囲まれ、、、、

時蔵(お富)の切口上。

ここまでで、幕。


こういうお富のようなキャラクターを
歌舞伎では“悪婆”というらしい。
(落語「鰍沢」のお熊を彷彿とさせる。)

婆という字があるが老女と限ったものではなく、
好きな男のために、泥棒や人殺しまでする、という女性。

最初の美しいお妾から、切り刻まれて、傷だらけの
顔貌になり、さらに強請りをし金を巻き上げ、
自らの命を助けてくれた亭主をも手にかけるという。

なかなか、ものすごい。

ただ、このお富、不思議と憎めない。

いや、むしろ、このお富に観客は感情移入をしてしまうのでは
なかろうか。少なくとも私はそうであった。
(むしろ、与三郎の方が、いい加減というのか
女にこんな目にあわせ、金のために人殺しまでさせて、、
ひどい野郎だ、と。)

赤間が大盗人で、自分を切り、危うく殺されかけたのだから
強請ってもなんら罪悪感はない。
ただ、安蔵は命の恩人でもありながら色男のために
金のために、殺してしまう。
これがすんなりと、受け入れられてしまうのが、
不思議、なのである。

かわいそうなのは、安蔵(蝙蝠安)。

元作の「与話情」では蝙蝠安は与三郎の相棒のチンピラ。
極悪人でもないが、さりとて善人というわけでもなく
こんな奴、死んでもいいか、といった扱いのような、
気もする、か。


ともあれ、芝居を観終わった感想は、なかなかよかった。

眼鏡がないせいで、やはり細かい所作や表情などは
フォローできなかったのだが、お富の可愛さ、凄さ、
恐ろしさは伝わってきた。さすがに時蔵、立女形。
ヨッ万屋!。

さて、観終わった後、国立劇場のプログラムにも解説を書かれていた
吉田弥生氏の「江戸歌舞伎の残照」なども読んでみて、
色々なことがわかってきた。

この黙阿弥作「處女翫浮名横櫛」の脚本は、原作からは
大幅に変更が加えられているということ。

実際の結末は、黙阿弥お得意といってよいのか、因果もので、
お富と与三郎は実は血を分けた兄妹であった。
「三人吉三」でも扱われる畜生道である。
また、与三郎と安蔵は取り替え子であったと。

それらがすべてわかり、与三郎は自害。
家は、弟が継ぐ。(弟はどこにいたのかわからぬが。)

こうなると、先に書いた、与三郎はひどい野郎だ、
という感想にはむろんならない。
やはり、原作の方が、重くはなるが、作品としての
完成度は高いであろう。

さすがに、黙阿弥翁。

だがしかし、それにつけても思うのは、黙阿弥というのは、
なぜ話を畜生道へ持っていくのであろうか。

また、今、私がわかっているのはこの二つだが、
他にもあるのであろうか。

そして、この作品ででなにを描きたかったのであろうか。
(「三人吉三」では最終的に皆が浄化されていった。
煎じ詰めると人の業(ごう)なのか、“人間”そのものを
描きたかった、のか、と考えた。)

よく「三人吉三」なども、幕末の動乱する政局と、民衆の
爛熟、退廃した世相が現わされている、という解説があるのだが、
本当にそうなのであろうか。

私は、そうではないように思うのである。

この芝居の二年前に、先月観た「白波五人男」は
書かれている。これは泥棒の話だが、畜生道には至っていないし
さほど退廃しているようにも思えない。
(「三人吉三」はさらに二年前。)

今作の与三郎にしても意図して妹と関係したわけではない。

世相とまったく無関係に作品は存在し得ないが、
すべてを世相のせいにするのも単純すぎるように
思うのである。

今作は「お富」が主人公で、女を描いていると
いってよいのであろう。
美しく、醜く、恐ろしく、ずるく、そして可愛い。

で、その先にもう少し、あるような気もするのである。
黙阿弥先生が書きたかったことが。

与三郎は自害をして、お富はどうしたのか、、

 

黙阿弥全集を買って、完全な原作を読まねばわからないか、、、。

 


と、いったところで、3月の観劇記、読み切り、で、ある。

 

 

 


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