断腸亭料理日記2015

三遊亭圓生のこと その2


昨日から最近私が聞いている、圓生師の「圓生百席」という
マニアックなCDのシリーズのことを書いている。

「圓生百席」の中でも今ではほとんど演じられないと思われる、
長編の噺。

例えば、「ちきり伊勢屋」「松葉屋瀬川」「中村仲蔵」
「一文惜しみ」「髪結新三」といった類いの噺。

これは噺の成り立ちも中身、テーマも違っているのがおもしろい。

今日は「一文惜しみ」のこと。

やはりマニアックな噺といってよかろう。

亡くなった談志家元も演っていたようである。
(私自身は聞いたことはないのだが。)

これは政談ものというジャンルになる。

大岡政談、遠山政談といった、政談、お奉行様のお裁きの噺。

大工の棟梁が、早口で啖呵を切る「大工調べ」なども、
今は最後までやることは滅多になく、普通の噺になっているが
本当は大岡越前が裁く、政談ものである。

他にも「唐茄子屋」なども「唐茄子屋政談」といって政談もので、
昨日書いた「髪結新三」なども本来は政談ものである。
落語には発生が政談ものという噺はちらほらとある。

政談ものというのは、本来は多くが釈ネタといって、講釈、
いわゆる講談が元である。

講談というのも修羅場なんといって、ハリセンをパンパン
叩きながら、戦国時代の合戦の模様を描写するのばかりかと思うと
いろいろなものがある。

講談は落語よりも古くからあり、こうした政談ものも
落語成立以前からあったのであろう。

前にも書いているが講談、落語、歌舞伎というのは
同じコンテンツを共有し合う関係であったのである。

「髪結新三」なども典型といってよかろう。
最初が講談、そこから噺家も喋るようになり、歌舞伎になった。

ともあれ。
「一文惜しみ」のことであった。

これは私はどこがおもしろいのかというと当時の
奉加帳習俗が細かく描写されていることである。

奉加帳というのは皆さん聞いたことはあるだろうか。
ほうがちょう、と読む。

おそらく私などの同世代以下の方は、ご存知あるまい。
他の落語では「富久」にも出てくる(場合がある)。

噺の中で圓生師も描写しているが、
「本来は花会(はなかい)をするのだがその代りに奉加帳をまわす」
という件(くだり)。

花会といえば聞いたことがある方もあるかもしれない。

そうヤクザ、博打打(ばくちうち)が、開くもの。

いろんな親分さんが集まって賭博を盛大にやるあれ。

襲名披露たっだり名目はあろうが、基本の目的は金集めである。

呼ばれれば、博打の元手以外に、
祝儀を持っていくというのが決まりである。

政治家のパーティーも考えてみれば、同じか。

今もそちら方面の皆さんはやっているのどうかわからぬが、
以前は博打打ち以外にも普通の職人などもやっていたようである。

この噺ではある男が、それまで博打場の手伝いなんぞ、いい加減な生活を
していたのだが、今度、堅気の八百屋になるという。
その元手を大家さんに借りに行くと、それならば奉加帳を持って回れ
といわれるのである。

白紙の半紙の綴りを作り、奉加帳と書いて、知り合いをまわり、
「私、この度、堅気の八百屋になろうと思います。
つきましては、何卒宜しくお願い申し上げます」といって
頭を下げて帳面に名前と金額を書いてもらい、お金をもらう。

段々に額が少なくなるので、初筆といって、最初の人が肝心で、
最初はお金持ちのところに行け、と大家さんはアドバイスする。

「じゃあ、切り通しの岩崎さん!」
「そりゃあ立派なもんだ。お前旦那を知っているのか」
「いいえ」
「じゃあ、お内儀さんか」
「いいえ」
「じゃあ誰を知ってるんだ」
「誰も知らねえ。あそこに岩崎さんの家があるのは知っている」

切り通しの岩崎さんは、ご存知、三菱創業家の岩崎さんである。
切り通しは今の春日通りが湯島天神から天神下に降りる坂である。
ちょうどラーメンの[大喜]のある坂。
あの脇にあった。今の岩崎さん家(ち)は、旧岩崎庭園として公開されている。
(ということは、この部分のギャグは明治以降の創作である。)

ともあれ。

新しい仕事を始めるにあたって、知り合いに、これから先、
お客さんになってほしいという目的で、その披露目(ひろめ)、告知と
援助のお願いをする。
大家さんも、額が少なくとも援助をしてやった相手であれば、
八百屋になって売りにくれば、買ってやろうという気になるで
あろうと。

奉加帳(花会にしても)、ちょっと現代から考えると
不思議な習慣であろう。

なにかの節目に、知り合いとはいえ、困っている時に、
助けてほしいと、借金ではなく返す必要のない金を
もらいに行く、ということである。

相互扶助、お互い様。
あるいは、持てる者は貧乏なものに援助をしてあげる
という趣旨もあるかもしれぬ。

考えてみれば、結婚式、葬式なども実はこれに近い。

今は結婚式のご祝儀は披露宴の自分の飲み食い代、会費のような
ことになってしまっているが、本来はなにかと物入りな新所帯への
援助という意味が強かったのであろう。

葬式の香典は見返りよりは援助という本来の趣旨が今も
強いかもしれない。

結婚式の祝儀を付ける祝儀帳、葬式の香典帳も名前と金額を書くという
書式というのか形式は、奉加帳に近い。

結婚式も葬式も親戚以外は“つきあい”“義理”という言い方をする。

奉加帳も噺の中で“つきあい”という言い方をしている。

つまり持ってこられたら、いやでも出さないわけにはいかない
という意味合いもあったようである。

これもおもしろい。

明治以降の近代社会で“つきあい”“義理”“相互扶助”
富める者が貧しい者への“援助”の日本人の習慣は段々に
滅んで行ったということであろう。

ちょっと不思議な落語の聞き方かもしれぬが。






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