断腸亭料理日記2016

駒形堂と浅草むぎとろ

6月1日(水)昼

今日は昼、五反田から、栃木への移動。

浅草線で浅草まで行って、スペーシア。

浅草で昼飯にしようか。

浅草線は駒形寄りに出口がある。

駒形の[むぎとろ]のランチにしようか。

[むぎとろ]というのは麦飯にとろろを看板にした
昭和4年創業の老舗料理や。

バイキングの¥1000ランチがある。
まあ、名物といってよいのだろう。

麦とろセットで夜頼むと、今はいくらであったか頭にないが、
¥1000は越えていたはずである。

[むぎとろ]には夜ばかりで昼のランチには
入ったことがなく、このバイキングに
一度寄ってみようと思っていたのである。

浅草線の蔵前寄りの出口から出てくる。
駒形橋の西詰の南側。

ここは橋と隅田川に向かって視界が開けている。
初夏のまぶしい日差し。

向こう岸の奥に、まっすぐに、スカイツリーが見えている。
気持ちがよい。

浅草通りをはさんで、北側には、駒形堂の赤いお堂。

横断歩道を渡って駒形堂の前にくると
台東区が建てた「浅草観世音示現の地」という説明板が見える。

神話の域を出ないのであろうが、
浅草寺のご本尊である観世音菩薩は、
ところの漁師の兄弟によって、隅田川から
引き上げられた。
その場所が、ここ、ということになっている。

駒形堂のご本尊は馬頭観音。

今は江戸通りといっているこの北へ向かっている通りは
江戸の頃は、奥州街道の本道であった。

馬頭観音は、街道で使われた馬を供養するために
祀られていることが多い。
おそらくはそのためではないか、という。
(歴史学者、民俗学者の説であった思われる。)

馬頭観音と、観音様が引き上げられた地と、
まあ、あまり関係はない。

今、浅草寺の持ち物だが
江戸時代、実際のところ駒形堂は、もう少し違う
ポジションにあったのではなかろうか。

そして、この駒形堂の場所は先に書いたように、
観音様が引き上げられた場所というのと、
もう一つ、意味がある。
この駒形堂の境内に「戒殺碑(かいさつひ)」という
石碑がある。
これは隅田川のここから北は殺生禁断で、
魚などを取ってはいけないということが

書かれている。(正しくは、もう少し、南の旧諏訪町から。)
観音様が現れた場所なので、それをはばかって
ということである。

今となっては、あまり語られなくなっていることであるが
駒形堂にはこんな物語があるのである。

今の赤いお堂は2003年に鉄筋コンクリートで
建て替えらえたもので、その前は、私も覚えているが
木造の古びた、そう、ふた回りくらい小さなお堂であった。

今から考えると、そちらの方が、味わいというのか
風情があった。
街道を行きかう、旅人や馬を見守っていたのが
本来の駒形堂であれば、なおさらである。

なぜ、こんな長々と駒形堂のことを書いてきたかといえば、
その隣が今日のお昼の[むぎとろ]だからである。

[むぎとろ]も鉄筋コンクリートのビル。
駒形堂も鉄筋コンクリート。
もしやすると、無関係ではないかもしれない。

閑話休題。

むぎとろのバイキング、食べ放題。

売り切りで、用意した分がなくなると
お仕舞で、13時をすぎないように注意が必要
かもしれない。

入ると、番頭さんがいて、お代1000円、先払い。

お客さんは一杯。
修学旅行らしい、中学生のグループもいる。

むぎとろと、煮物1種、出汁巻玉子、味噌汁などが
ついている。


むぎとろがまずかろうはずがない。

つるつると喉を通り、まさしくこれは、
いくらでも食べられる。

だが、だが、やっぱり、食べ放題で
調子に乗ってはいけない。

麦飯の方は二杯まででやめて、
もう一杯はとろろだけをもらう。

蛇足だが、この味噌汁、妙に味が濃く、うまい。

ご馳走様でした。

立つ。

外へ出て、再び強い日差し。

店の前に縁台があって、灰皿、
日よけの赤い大きな和傘。


食後の一服。

ほっと一息。



むぎとろ



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