断腸亭料理日記2016

浜町藪そば

10月8日(土)夕

土曜日。

連休であるが、どうやらこのところの
気温の変化の激しさで、風邪を引いてしまったようである。

天気は曇ってはいるが、もちそうである。
風邪といっても寝込むほどではない。
自転車で出掛ける。

左衛門橋通りを南下し、神田川。神田川沿いに秋葉原。
万世橋から中央通り経由で日本橋、銀座まで。

銀座もかなり人が出ている。

銀座から八丁堀、帰りは、人形町、浜町をまわろうか。

人形町の甘酒横丁を抜けて、浜町公園を目指す、、

ん?。

旧浜町川の緑道を越えて、右側数軒目。
浜町[藪そば]。
池波レシピである。

時刻は16時頃。

よい時刻である。
ちょいと寄っていこうか。

入ると、いらっしゃい〜〜〜〜〜、の声。

ここは直系、神田の本家譲り。
この声は、そのままといってよい。
明治37年(1904年)の創業。
藪でもかなりの古株。

江戸の地図

明治の地図

今、甘酒横丁を真っ直ぐ行ったところに大きなビルになった
明治座があるが、最初は川沿いの久松警察の方にあった。

人形町、浜町あたりというのは、ほんとうにおもしろい街、
で、ある。東京の他どのの街とも違っている。
同じような古くからの盛り場、例えば浅草、上野、などとも違っている。

江戸初期から歌舞伎の江戸三座のうちの二つがあった。
そして、人形浄瑠璃の小屋もあった、芝居町。
芝居茶屋、関連して、陰間茶屋なんという
男を売る店。
また、浅草に移転する前の遊郭、吉原が明暦の大火まであった。
芝居小屋は幕末近く、天保の改革で浅草に移転させられるまであり、
江戸期通してほぼ芝居町であったといってよろしかろう。

ただ、これらがあったのは、今の人形町交差点周辺。

浜町側や今の水天宮、箱崎の方は武家屋敷。
従って、これらが開けていったのは明治になってから。

明治以降は、花柳界として全盛を迎える。
そして、芝居小屋の明治座ができたのも、むろん
明治になってから。
当時の明治座といえば、座元になっていた時期もある
初代市川左團次。

初代の左團次といえば、九代目市川團十郎、五代目尾上菊五郎、
と並ぶトップスターで、團菊左時代と呼ばれるほど。
その左團次がフランチャイズにしていた明治座は、歌舞伎座と覇を競う
勢いがあったのであろう。
(詳しくはこちら)

今の人形町、浜町はオフィス街、マンション街でもあるが、
どこか他の街と違っているのは、このような歴史を持っているから。

ともあれ、そんな花柳界はなやかなりし明治の頃からある
浜町の[藪そば]。

先客は3組ほど。

椅子に掛けて、女将さん(お姐さん?)に
お酒を冷(ひや)で一合、というと、
常温であることを確認され、コップがいいですか、
升がいいですか?と。

コップで出す?のか。
(池波先生の影響であろうか。
いかにも、頼みそうではある。)

じゃ、コップで。

そばは、この季節、待ってましたの、鴨せいろ。

お酒。

今のこの店は、和風だがシックでモダン。
そこで、コップ酒というのは、ちょっとミスマッチだが、
それがまたよい感じではないか。

お通しが、おかきというのは、色っぽい街、浜町らしい。

呑みながら、、、
聞くともなしに、話を聞いていると、奥の一組は、
劇場関係の方の様子。

調整していたのか、なりゆきか、
きた、鴨せいろ。

神田、並木などよりも盛が大きい。

 

ただ、つゆがちょっと薄い。
場所柄であろうか。

浜町などのお客は、どちらかといえば下町よりも、山手、
あるいは、地方の人々の方が多いのかもしれぬ。

ちょっと、手があいたのか女将さん、

浜町公園へ行くんですか、と話しかけてきた。

あ、はい。

○○○○が出なくなったそうですよ〜。

あ〜、やっぱり。そうですよね。
先週きましたが、すごい人でしたから。

久松署のパトカーまで出るさわぎでは運営側も放置はできまい。
素早い処置である。

ご近所にも大迷惑であった。

昨日から新そばを打ち始めていた、とのこと。
ざるをお替り。


ご馳走様でした。

中央区日本橋浜町2-5-3
03-3666-6522


 


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