断腸亭料理日記2018

江戸・東京の盛り場考

〜雷門・松喜の肉ですき焼き その1

3月18日(日)夜

定期的に食べているようだが、昨日、内儀(かみ)さんが、
雷門の[松喜]ですき焼き肉を買ってきていた。

今夜はこれを食べることにする。

浅草というところ、すき焼きを看板にする老舗が多い。

鮨や、天ぷらや、うなぎやが多いのは皆様
ご納得いただけるとも思うのだが、すき焼きやも
意外に多い。

これは明治に入り文明開化とともに牛鍋が流行し、
まあ、浅草は江戸以来の指折りの盛り場であったため
数多く店ができ、現代まで盛り場であり、それで残っている、
ということが理由の一つであろう。

だが、考えてみると、おもしろい。

江戸以来の盛り場で、明治以降も引き続いて
盛り場であったところというのは、実のところ
そう多くはない、ということに気が付く。

毎度のごとく、余談だが少し書いてみたい。

そもそも、江戸期、江戸府内の盛り場というのは、
区域としてはかなり限られていた。なにがあると盛り場か
というのも定義が難しいが、歓楽街、という言葉が近いか。
飲食店が集まっていたり、あるいは今いう風俗店のようなものがある、
芝居小屋がある、、、そんなところであろうか。

盛り場になるには武家屋敷ではもちろんいけないし、
町人の住む“町”も家主、町名主などの町奉行所管轄の
管理が存外厳しく、そうそういかがわしい商売をすることは
できなかった。

そうすると、どんなところか、お分かりになろうか。
町奉行所管轄外のところ。

そう、寺社門前。
寺、神社の境内と境内がいつしか町人の住む町家になった
ところ。(もちろんこの場合の大家さんは寺社である。)

寺社奉行管轄で、多少緩かった。

浅草寺周辺の盛り場もこの寺社門前にあたる。
浅草寺以外の大きな寺では、寛永寺だったり、増上寺だったり。
だがこの二寺はさすがに幕府直接の息がかかったところで
やはり、いかがわしいことはできない。(それで上野と芝は寛永寺、
増上寺に隣接した付近ということになる。)

だが、中小のお寺、神社の類は、江戸市中にたくさんあったし
こういったところの多くには、岡場所(もぐりの女郎や)
が一軒二軒から数軒はあったわけである。
特に多かったのは隅田川の川向う、本所深川。
そもそも川向うは江戸市中よりも、やはり多少管理が
緩かったわけである。

もう一つ、広小路。
具体的には、上野(下谷)広小路と東西両国広小路。

広小路というのは、道、であるが、類焼防止のため、
幅を広く取った通りであるが、ここがある意味、
お目こぼしに対象であった。
人の往来する道なので(上野は寛永寺に将軍様が御成に
なるのでその時には)いつでも取り払えるようにすることを
条件に、見世物、小屋掛けの芝居小屋、その他、
床店(とこみせ)などといわれた屋台店が集まり、
活況を呈していたのである。
両国は、今は盛り場という色合いはまったくないが、
上野については、江戸から現代まで続く盛り場と
いってよろしかろう。
江戸以来の盛り場に明治になり寛永寺の公園化、
あるいは上野駅の開業が盛り場として続いた要因であろう。

東西の両国は明治になり、積極的に取り払いが
行なわれた。往来であり、汚らしい、風俗よろしからず
というのが理由ではある。(まあ、上野も広小路自体は
同様にきれいにされたわけであるが。)

そして、ピンポイントだが、江戸唯一、公許の遊郭、
言わずと知れた浅草北部の新吉原。

また、天保期に浅草に移転させられるまでの芝居町である
今の人形町(葭町他)付近と東銀座(木挽町)なども、
劇場に付随して、芝居茶屋、さらに岡場所の類、
陰間などといって若い役者が客を取った、男娼の茶屋
などもあり、いかがわしさでいえば、かなりの
ものがあったようである。

江戸期の盛り場というとこんなところか。

今の盛り場はもとより、明治以降の盛り場の場所とも
随分と違っている。

例えば、日本橋。ここは盛り場というより繁華街という
言い方であれば、あてはまる。いや、むしろ江戸開府以来の
大店が集まるところ。ご存知の三井越後屋(三越)などの
呉服関係の大店が軒を連ねた商業地。ただやはり江戸城も近い
江戸随一の目抜き通りで、いかがわしいところはなかった。

銀座はどうか。
銀座が繁華街になるのは、実は明治以降。
江戸期には、商店よりも武具などの職人の街といった方が
よかったところのようで、静かな街であったという。
銀座は明治初期に大火があってその後に耐火を考えた
レンガ街になり、これが今の銀座の元になっている。

もちろん、新宿もなければ、渋谷も六本木もなかった頃である。

明治になり、できたところというと、その後の三業地になる
芸者町ということになろう。江戸からの岡場所の延長のところもあれば
新規でできたところもある。深川は、今の門前仲町。
あるいは、今は影も形もないが、浅草橋の隅田川側の柳橋。
この二か所は江戸からのものが明治になっても続いていたところ。
(他にも芝、浜松町、大神宮付近なども江戸からあって明治以降も
盛り場機能が継続していたところである。この系統はもう少しある。)

あるいは、人形町。
先に書いた、天保までの芝居町+αの盛り場で芝居小屋の移転で
多少火が消えた時期もあったと思われるが、明治以降、範囲も広がり
都内、下町でも指折りの芸者町になっていく。
人形町は、今は人形町交差点から甘酒横丁のあたりが中心であるが
江戸の頃の頃はこの辺りは武家屋敷で、芝居小屋があったのは
交差点からは日本橋寄りで、若干場所が変わっている。
(この系統ももう少しある。例えば、赤坂、神楽坂など。
これらも江戸から(岡場所として)あり、芸者町になり
今もある程度の盛り場である。)

あるいは新橋。今はクラブ街で銀座6〜7〜8丁目といった方が
わかりやすいが、新橋と呼ばれる芸者町ができている。
江戸の頃も、わずかながら金春芸者といって芸者なのか、
岡場所なのか、あったものが前身というが、ほぼ明治になって開けた
といった方が合っていると思われる。
銀座については、こうした新橋の芸者町とレンガ街が
相まって今の銀座が出来上がっていったわけである。

こんなところであろうか。

浅草、上野、ちょっと規模感が小さいが
人形町あたりが、江戸から通した盛り場といって
よろしかろう。


つづく




松喜
03-3841-2983
台東区雷門2-17-8






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