断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その60 春風亭柳好・野ざらし

引き続き、三代目春風亭柳好師「野ざらし」。

明治の三代目円遊師の速記の、土手に着いて、土手下の釣師との
やり取りの場面がポイントである。

八 「<前略>
   (鼻歌)ポンと突き出す鐘の音は陰に籠って上げ汐南(あげしお
   みなみ)物凄(ものすご)く烏が飛び出しや骨があるサツサアー」
釣師「大変な奴が来やアがつた」
  (「口演速記明治大正落語集成」(講談社))

とある。
「サツサアー」がサイサイ節かどうか断定できぬが、既に唄にして
いる。これはまさに、ステテコ踊り、爆笑王で売った、円遊らしい
といってよいのではなかろうか。

先に書いたように柳好師は他の噺も唄うようなリズムで
特に「野ざらし」は数か所も唄が入り、正統派から見れば、
まともな落語家ではなく、色物ともいえるような存在ではなかった
のではなかろうか。

これは取りも直さず三代円遊をどう評価するのか、ということにも
なるように思う。

円朝師のところで見たが、明治天皇ご前で「塩原多助」を演じた
円朝は寄席からの自立を目指し寄席と対立。弟子の円遊ら、爆笑系は
寄席側に付き、円朝は東京の寄席に出演られなくなった。

爆笑系と正統派の対立ということになるのだが、対立ではなく、
どちらも落語、で私はよいと考えている。
正統派以外は落語ではないと考える人もいるかもしれぬが。

もちろん爆笑系はお客に受ける。受けるから爆笑系なのである。
お客を呼べる。あたり前のことである。それを誰が否定できよう。
円朝も、円遊の芸風を否定してはいなかった。
http://www.dancyotei.com/2019/apr/encyou18.html

売れるためになんでもする。芸人としてはあたり前のこと
ではある。

ただ、中でも唄うような落語をここまで完成させた落語家は
おそらく三代柳好師の後にも先にもいないのではなかろうか。
そういう意味で、不世出、忘れてはいけない落語家であると
思うのである。

さて。もう一度「野ざらし」の噺自体に戻る。

どうしても「野ざらし」は私自身も覚えて演った噺なので
考えてしまう。もう少しお付き合い願いたい。

この「野ざらし」という噺を語るには、もう一人忘れてはいけない
人がいる。

似た名前なのだが、八代目春風亭柳枝。
柳好(りゅうこう)ではなく、柳枝(りゅうし)。

八代目柳枝は明治38年(1905年)生まれ。大正10年(1921年)、後の
四代目柳枝に入門。大正14年(1925年)春風亭柏枝で真打。
戦後昭和34年(1959年)53歳の若さで亡くなっている。(wiki)。
昭和の三名人+金馬、柳好と比べても最も生まれが遅いが、柳好の次に
早く亡くなっている。

「野ざらし」といえば、柳枝と柳好とも言われていたと
いってよい。

ただ、それはどちらかといえば、後輩のプロの落語家から、と
いうのではなかろうか。

お客から、やはり、唄うような柳好の方が聞いて心地よく
魅力的であろう。

だが全体が唄うような柳好の「野ざらし」は書いている通り、
台詞として略されたり、きちんと発声していなかったり
している部分が多い。

私、この「野ざらし」を覚えて演っているので、演る立場で
考えてしまうのである。

演るとすると、柳好師版は金馬師同様に台詞だけ真似しても
噺としては成立しない。リズムとメロディーも含めて完コピする
しかないのである。

柳好のリズムとメロディーはもちろん彼固有の特殊なもの。
こうなると、ただの物真似でしかない。
ただ、物真似というのはプロでもできる人とできない人がいる。
物真似の才能のない者は、気持ちのわるいものにしかならない。

これに対して、柳枝は多少のクセ(個性)はあるが、柳好と
比べれば、かなりノーマル。また、言葉もきちんと発声されている。
さらに、言葉、台詞からの笑いも実際には柳好よりもずっと多い。
もちろん一般のお客が聞いても十分におもしろい。

ちょっと横道にそれるようだが、こんなことがある。
「野ざらし」で最もおもしろい台詞、フレーズはどこか。

ここである。八五郎が土手に着いて、下の釣師に

 (大声で)
八「骨(こつ)ぁ〜釣れるかぁ、骨ぁ〜〜〜〜!」
 (下の釣師、上を見上げて。)
A「骨ぅ〜〜?。
  骨だってますが、なんですかね?」

この下にいる釣師が竿を構えた仕草で、斜め後ろ上を見上げで、
「骨ぅ〜〜?。」である。

このフレーズ。
「野ざらし」の中でも、コアなお客はここが最もおもしろいと感じる。
演者の方も、これを演りたいので「野ざらし」を演じる。
志らく師が語っていたことなので、広く同意されることであろう。

実は、この部分は、メロディーで売った柳好版にはない、のである。
柳枝師のものにはある。
これは一例だが、テキスト、コンテンツとしての、といってよいのか、
噺とすれば、柳枝版の方が優れているといってよいのである。

「野ざらし」というとご存知の方も多いと思うが、談志家元が比較的
若い頃、売り物にしていた。

談志家元は、やはり天才であったといってよろしかろう。
物真似の才能にも優れたものがあった。
談志家元の「野ざらし」は物真似を交え、柳好と柳枝、正確にいえば
言葉、台詞は柳枝、ところどころ柳好のリズムを入れて演じていた。
まあ、こんなことができた落語家は、そう多くはなかろう。
(家元は「寝床」でも円生、志ん生、文楽のそれぞれのフレーズを
物真似を交えて演っていた。)

柳好も柳枝もどちらも知っているコアなお客は大喜びである。
もちろん、いいとこ取りをしているので、二人を知らないお客にも
おもしろさ、よさは伝わる。

で、まあ、結局、私は、柳好版も柳枝版もどちらも聞いたが、
談志家元版を覚えたのである。
これはまだ、志らく師の落語教室に入る前。
それを教室に入ってから、師の前で演ったことがあるが、
ケチョンケチョンにやっつけられた。
20年もたって今、こうやって、噺の丹念な分析をしてやっと
腑に落ちるのだが、そもそも、いいとこ取りをした天才家元のものの
真似がトウシロウにできるわけがない。(他の噺でもそうだが、凡人は
天才談志家元のもので絶対に覚えてはいけないのである。)

 

つづく

 

 

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