断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その14 志ん生・富久

志ん生師「富久」。

時代設定は、富(とみ)くじなので、徳川時代でよろしかろう。

幇間(たいこもち)の久蔵。
知り人に道で会う。

久蔵は酒癖がわるく、借金で首が回らず、どこも出入り禁止で仕事が
できなくなっている。

出会った相手に、なにをしているのか聞くと、隠居仕事に富くじを
売っているという。
じゃ、当たりそうなのを売って下さいというと、当たりそうもなにも、
売れ残っているのが一枚っきり。ただ、その番号がおもしろいという。
鶴の千五百番。ぴったり。
じゃあ、と久蔵はなけなしの一分を出して、買う。

千両富といって、一等は千両。

家に帰ってきて、富くじと、買ってきた酒を神棚(大神宮様)に
上げ、お願い。

神棚から酒をおろし、呑む。
そのまま、ごろり、寝てしまう。

どこかで半鐘が鳴る。
長屋の者が屋根に上がって、見る。
 「どのへんかな〜、芝、見当。新橋から、久保町へんかな」
 「どっか、知ったとこあるか?」
 「ねえなぁ」
 「ねえ」
 「一杯呑んで、寝ちまうか」
 「お、そうだ。久蔵のやつ、久保町になんでもいい客があるって
  いってたよな。起こしてやるか。」
 「おい、久さん、火事だよ」
久「いいです。」
 「いいです、って」
久「家は大家のもんでね、布団は損料やのもん(借り物)で」
 「火事は久保町だってよ。お前(めえ)、久保町にいい客があるって。
  こんな時に行くと、詫びが叶うぜ」
久「あ。ありがとうございます。」

久蔵、飛び起き、飛び出る。

久蔵の長屋は、浅草三間町。

浅草三間町は今の浅草通り沿い、雷門一丁目と寿一丁目に
またがった両側。

芝久保町というのは今は西新橋一丁目、外濠通りの南側。
芝信用金庫があるがあのあたり。

季節は、旧の十二月、今の一月。べら棒に寒い。
西北(にしきた)の筑波おろしが身を切る。
(江戸から筑波山は北東あたりであるが。)

今の東京ではない。
百年以上前の東京。

掛ける、久蔵。
犬がワンワン吠える。
「なにが、ワンワンだ、こっちが泣きてえや」
これ、志ん生のみの台詞である。

浅草の三間町から芝久保町まで、グーグルで計ってみると
6.6km。徒歩で1時間半。走ると、、、いや、走れるのか。

まあ、マラソンでもやってる人でなければ、無理であろう。

これはあまりに遠いが、文楽師は拙亭近所だが、浅草阿部川町から
日本橋横山町まで。こちらは1.9kmで徒歩ならば25分。
このくらいならば、まだ走れるか。(私は走りたくないが。)

近くまでくる。
火事場である。

ごった返している。
「エァ〜〜〜イ」という仕事衆(しごとしゅ)の声。

ここでいう仕事衆とは火消しのことである。

この噺では火事が大きなテーマになっている。
私の子供の頃はまだ、火事を見に行く、なんという気分がまだ
多少はあった。小学生の頃自転車に乗って実際に見に行った記憶がある。
が、今ではむろん火事自体が少なくなっているし、火事場の雰囲気は
ニュースで視るくらいで人に知られなくなっているといってよいだろう。
以前、それこそ火消しが働いていた近代消防前の火事場は最早
我々には想像すらできなくなっている。
決して、よい記憶ではないはずだが、半鐘が鳴ると屋根に上がって、
どこの火事か見る。近い火事であれば、むろん、そんな悠長なことは
言っていられないが、近くもなく遠くもないというところであれば、
見物に行く、というくらいで、ちょいとワクワクするものであった
ことも確かであろう。お客はそういう気分でこの噺を聞いていた、と
考えていいだろう。文字通り「火事と喧嘩は江戸の華」。
肌感覚として、忘れ去られる記憶である。防火は忘れてはいけない
が、火事をたのしむ、というのは忘れてよい記憶であろう。

久「ちょっ、ちょっ、ごめんなさいよ。
  ちょっと、ごめんなさいよ。

  あ。こんばんは、こんばんは。」

主「まだいいよ。
  いよいよとなったらでいいんだから。
  な、鳶頭(かしら)。
  
  え?、誰か来た?」
久「ハッ、ハッ、、、、久蔵でございます。」
主「久蔵?!
  おー、、、、きやがった。
  どっからきたんだ」
久「浅草の三間町からきました。」
主「おー。よくそんなとっからきたなぁ。
  忘れねえで、きたんだ。
  出入りは許してやるぞ」
久「そうくると思った」
主「なんだよ」

手伝おうというので、家具などをいろいろ載っけて風呂敷で
背負おうとするが、まるっきり持ち上がらない。一つ一つ、
降ろすが、やっぱり上がらない。
主「なんだ、ばかやろ、後ろの柱ごと背負ってら」

なんという一コマがあって。

「え?、どうしたんだ、鳶頭。
 風が変わった?
 あらかた、消えた?」

よかった、よかった。
久「おめでとうございます、おめでとうございます。
  鳶頭、ありがとうございます」

すると、火事見舞いの客がくる。
久蔵は顔と名前を知っているので、一人一人、挨拶をする。
(文楽版だと、久蔵がこれを一人一人、帳面に付ける。)

「石町(こくちょう)さん」が酒を届けてくれる。

 

つづく

 

 

 

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