断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その18 志ん生・らくだ

引き続き、志ん生師「らくだ」。

フグにあたって死んでしまったらくだの家。
兄弟分の丁の目の半次というのがきて、葬式を出してやろうと思うが
こいつも博打で取られて一文無し。好都合に屑やがきてなにか
買わそうとするが、らくだの家財はすべて過去に屑やにも見放された
ものばかり。

帰ろうとする屑やを止めて、月番のところに行ってこいという。
月番というのは、長屋で月毎に回り持ちで雑用をする役割。

屑やは「年を取ったお袋に女房があって子供二人。今、仕事に
出たばかりで、釜のふたが開かない(食えない)」から勘弁してくれ
というが、脅して、行かせる。

指令は「長屋には祝儀、不祝儀の付き合いはあるだろう、らくだの
香典集めて持ってこい」「出すの出さねえのいったらな、俺が出て
いって、ものが面倒になる、と、そ(う)いいな」。
(江戸弁では「そういいな」の「う」が落ち「そいいいな」になる
ことがある。志ん生師はこの傾向が強い。また「そいう」はこれだけで
店屋物を取るときなど「そばやにそいう」などの使われ方もあった。)

「ナマジ品物で持ってこられても困るから、生(ナマ、現金)で持ってこい」
というのが入ることがある。

さらに「手前(てめえ)は、ずらかる憂いがある」からと、屑やの商売道具の
篭を取り上げる。(ここは、秤と風呂敷のこともある。)

屑や、ぶつぶつ言いながら月番のことろへ。

屑「月番は、あーたですか?」
月「はい、あたし。なに?」
屑「あのー、らくださんがねえ、、」
月「あー、とっ、と。
  らくだのことで、持ってきたってだめだよ。
  あいつに関わるのがいけないんだからね。」
屑「いえ、らくださんが死んだんですよ。」
月「え?、らくだがまいっちゃった?ホントか?!おい。
  ホントに死んだ!?そんなこといって、人を喜ばせて、、
  ホントかい?!」
屑「本当にまいっちゃった」
月「生き返んないか?そうじゃねえよ、あいつぁ、ずうずうしいから
  生き返ってくるよ。頭よく潰しといたらどうだ。」
屑「もうダイジョブですよ。フグにあたっちゃったんです。」
月「へー、フグに。そーかい。そいで、なんだってんだい?」
屑「その、兄弟分ってのがきてましてね、長屋には付き合いがあるだろ
  香典集めて持ってきてくれって」
月「冗談いっちゃぁいけないよ、お前(まい)さん。」

らくだはとにかくひどい奴で、そういう付き合いは、している奴なら
出すが、一度だって払ったことはない。端(はな)取りにいくが、
今ない、という。立て替えといてやって、後で取りにいくと、
細かいのがねえ、という。大きいのでもいいというと、細かいのが
ねえんだから、大きいのがあるわけねえ、と。
野郎、付き合いなんかしたことねえ。だから、だめだ。

屑「だめだ、っていうと、俺が出てく、って、俺が出てくと、めんど
  くせえぞ、っていってました。そのまた、らくだの兄弟分ってのが
  凄いんです。顔中傷だらけですよ。もう、傷の取締りみたいな
  顔してる。それがあんた、きますよ。よこざんすか?」
月「やだなぁ。困んな。じゃね、長屋歩いてみるよ。らくだが死んだの
  そいって。喜んで、強飯(こわめし)蒸(ふ)かすとこ、蒸か
  さねえで、いくらか下さいって。んで、持ってくよ。」

屑や、らくだの家に戻る。すると、さらなる指令。屑や、やっぱり「釜のふた
があかない」と抵抗するがおんなじことなん度もいわすなと、またまた脅され、

半「大家んとこ行ってくんねえか。
  野郎の死んだことそいってな、今夜、通夜すんだ。大家さんには
  くるにはおよびません、って。
  店子の者は寂しいんで、酒のいいのを三升(さんじょう)、わるいと
  明日の仕事にさわるといけねえから。それから、煮しめ。こんにゃく
  だの豆腐だの、芋だの甘辛くうまく煮てな、大きな皿で届けて
  くれって。」
屑「いいですか、そんなこといって」
半「いいんだよ。お前(めえ)は俺に言われた通り、向こうへ行って
  口をパクパク動(いご)かしゃいいんだよ!。
  で、よこすのよこさねえの、っていったらな、いらねえ、って
  いいな。いいか。
  その代わりに死骸のやり場がねえから、大家んさんとこへらくだ
  の死骸担ぎ込んできて、ついでに“かんかんのう”を踊らすって、
  そいえ。」
  
頼むものは談志家元などはさらに、にぎりめし三升、というのが入る。
また志ん生師は入れていないが「大家といえば親も同然、店子といえば
子も同然。親子の間柄だ、遠慮のねえところをいわしてもらう」これも談志。
あるいは屑やの「大家さんは名代のしみったれですから、そんなこと聞く
わけがありませんよ」というのも入る。
“かんかんのう”というのは文政頃からある俗謡。唄と踊り。

屑「大家さんいます?」
大「はいはい。なんだい!。あー、屑やさんか。今日はなかったなぁー。
  今日はなんにもないよ。」
屑「いえ、屑じゃないんですよ。」
大「んー?」
屑「あのー、らくださん、、」
大「あー、いけないよー。
  また、らくだのことで持ってくる。あいつに関わりあっちゃ
  いけねえんだよ。」
屑「いえ、死んだんですよ。」
大「らくだが?
  えー?どうして?
  フグにあたって?、ホントかい。
  そーかい!。
  おい、婆さん、らくだが死んだとよ。
  ありがてえなぁ。フグがまたよくあててくれたよ、あいつを。
  フグを祀るよ、俺んとこで。
  で、どうしたの?」
屑「ええ、兄弟分ってのがいましてね」
大「ろくな野郎じゃないよ。」
屑「ええ。で、今夜通夜をするんだそうで」
大「なんでもするがいいやな。」
屑「大家さんにはくるにはおよびません、と」
大「誰が行くやつあるもんか!」
屑「店子の者が寂しいっていうんですよ。これ、あたしがいうんじゃ
  ないですよ。ね。酒のいいのを三升、わるいと明日の仕事にさわると
  けないから。そいから、大きな皿に煮しめ。こんにゃく、豆腐、芋
  だの甘辛くうまく煮て、持ってきてほしい、って。」
大「お前(まい)さんいくつだい。
  いい年をして、そんなこと請け合ってくる奴があるかよ。
  そりゃあねえ、大家といえば親も同然だ、店子の世話もしたいね。
  あいつが店子らしいことしたかよ。
  あそこの家入って、四年になるよ。一文だって家賃入れやしない。
  催促に行くと「ねえ。」って。
  だから、こないだ、俺ぁ、上がり込んでね、他の店子にもしめしが
  つかねえから家賃払うか、ここを出てくかどっちかにしろって言った
  んだ。んだら、どっちもできねえ。脇い家を一軒こしらえろって。
  そしたら出て行ってやる、って。
  今日は俺もここを動かねえから、っていってやったんだ。
  そいだら、きっと動きませんね、って念を押しゃがる。
  んで、スーッとあの大きな図体で立ちゃぁがって、戸棚をごそごそ
  やってたよ。、、なんだろ、って後ろを向いてよかったよ。
  こんな太いこんな長い鉄の棒を持ってな、これでも動かねえか、って。
  あたしゃ、あれでやられりゃ、まいっちゃう。
  転がるようにして、逃げだしたよ。
  んで、買いたての下駄、あそこの家に置いてきちゃったよ。
  それ、あいつぁ、履きゃぁがって、家の前を湯へ行くんだからね。

  死んだもなあ、しょうがねえ。四年の家賃を、香典代わりに棒引きに
  してやるから。酒だの肴だの、できないよ。」
屑「そーすか。
  と、少しめんどくさいことになるんで。」
大「なにがめんどくさいんだ」
屑「死骸のやり場がないから、死人(しびと)を大家さんとこへ担ぎ
  込んできてね、かんかんのうを踊らせる、って。」
大「なにお!、そんなことで驚くか。俺ぁ、生まれてこの方、死人が
  かんかんのうを踊ったのを見たことがねえ。踊らせろ!、って、
  帰ってその野郎に、そいえ!」
(屑やに大家が塩をぶっかける、というのもある。)

 

つづく

 

 

 

断腸亭料理日記トップ | 2004リスト1 | 2004リスト2 | 2004リスト3 | 2004リスト4 |2004 リスト5
|
2004 リスト6 |2004 リスト7 | 2004 リスト8 | 2004 リスト9 |2004 リスト10 |

2004 リスト11 | 2004 リスト12 |2005 リスト13 |2005 リスト14 | 2005 リスト15

2005 リスト16 | 2005 リスト17 |2005 リスト18 | 2005 リスト19 | 2005 リスト20 |

2005 リスト21 | 2006 1月 | 2006 2月| 2006 3月 | 2006 4月| 2006 5月| 2006 6月

2006 7月 | 2006 8月 | 2006 9月 | 2006 10月 | 2006 11月 | 2006 12月

2007 1月 | 2007 2月 | 2007 3月 | 2007 4月 | 2007 5月 | 2007 6月 | 2007 7月 |

2007 8月 | 2007 9月 | 2007 10月 | 2007 11月 | 2007 12月 | 2008 1月 | 2008 2月

2008 3月 | 2008 4月 | 2008 5月 | 2008 6月 | 2008 7月 | 2008 8月 | 2008 9月

2008 10月 | 2008 11月 | 2008 12月 | 2009 1月 | 2009 2月 | 2009 3月 | 2009 4月 |

2009 5月 | 2009 6月 | 2009 7月 | 2009 8月 | 2009 9月 | 2009 10月 | 2009 11月 | 2009 12月 |

2010 1月 | 2010 2月 | 2010 3月 | 2010 4月 | 2010 5月 | 2010 6月 | 2010 7月 |

2010 8月 | 2010 9月 | 2010 10月 | 2010 11月 | 2011 12月 | 2011 1月 | 2011 2月 |

2011 3月 | 2011 4月 | 2011 5月 | 2011 6月 | 2011 7月 | 2011 8月 | 2011 9月 |

2011 10月 | 2011 11月 | 2011 12月 | 2012 1月 | 2012 2月 | 2012 3月 | 2012 4月 |

2012 5月 | 2012 6月 | 2012 7月 | 2012 8月 | 2012 9月 | 2012 10月 | 2012 11月 |

2012 12月 | 2013 1月 | 2013 2月 | 2013 3月 | 2013 4月 | 2013 5月 | 2013 6月 |

2013 7月 | 2013 8月 | 2013 9月 | 2013 10月 | 2013 11月 | 2013 12月 | 2014 1月

2014 2月 | 2014 3月| 2014 4月| 2014 5月| 2014 6月| 2014 7月 | 2014 8月 | 2014 9月 |

2014 10月 | 2014 11月 | 2014 12月 | 2015 1月 |2015 2月 | 2015 3月 | 2015 4月 |

2015 5月 | 2015 6月 | 2015 7月 | 2015 8月 | 2015 9月 | 2015 10月 | 2015 11月 |

2015 12月 | 2016 1月 | 2016 2月 | 2016 3月 | 2016 4月 | 2016 5月 | 2016 6月 |

2016 7月 | 2016 8月 | 2016 9月 | 2016 10月 | 2016 11月 | 2016 12月 | 2017 1月 |

2017 2月 | 2017 3月 | 2017 4月 | 2017 5月 | 2017 6月 | 2017 7月 | 2017 8月 | 2017 9月 |

2017 10月 | 2017 11月 | 2017 12月 | 2018 1月|2018 2月| 2018 3月|2018 4月 |

2018 5月 | 2018 6月| 2018 7月| 2018 8月| 2018 9月| 2018 10月| 2018 11月| 2018 12月|

2019 1月| 2019 2月| 2019 3月 | 2019 4月| 2019 5月 | 2019 6月

BACK | NEXT

(C)DANCHOUTEI 2019