断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その26 志ん生・三軒長屋

引き続き、志ん生師「三軒長屋」。

枝葉の部分がおもしろく、残ってしまった。

ただ、もう一つ、疑問がある。
枝葉がおもしろいのはいいが、ストーリーだけを取り出しても
一席の噺として成立するのか、おそらくするだろうと、書いた。
なぜこの形にならなかったのか。

鳶頭と先生が入れ替わるという意表を突く下げにつながるギミックの
部分である。(これが原話。)
成立するのであろうが、これは一度聞けばわかってしまう。
落語は繰り返し聞くことに耐えられるものでなくてはいけない。
獅子舞の件(くだり)などを省いてしまうと、この繰り返しに
耐えられなかったからではなかろうか。
そんなことで、古い形の、ダラダラ長くなる、という形が残った。
こういうことではなかろうか。

さて、そんな「三軒長屋」。

もちろん、私など演じようと考えたことすらないが、
談志家元も、話していたと思うが、やたら疲れるという。
そうであろう。

鳶頭一派の部分、特に、聞かせどころの、獅子舞の部分。
言いよどみ、言い間違いの多い、志ん生師。ではあるが、まったく
そんなことがない。そう。この人、ホントはできるのである。
やらなかっただけ、なのである。(困った人である。もちろん理由は
あろうが。)

早さに加え、小気味よいリズムが不可欠。
言いよどみ、間違いなどは絶対に許されない。
(でなければ作品が崩れてしまう。古典芸能の厳しさである。)
そして、長い。

落語などでよくいう、言い立て。
「寿限無」の「寿限無、寿限無、五光のすりきれ・・・」
は最も簡単な例だが「大工調べ」の棟梁の啖呵。
「なにぉ〜、あったりめえじゃねえか、目も鼻も口もねえ、
のっぺら棒みてえな野郎だから丸たん棒っつたんだ。・・・」。

これは私も覚えたが、江戸っ子の啖呵なので早口でなければ
いけない上に、啖呵らしく、粋で凛々(りり)しくなくては
いけない。むろん、ちゃんと言葉として聞き取れなければいけない。
まあ、演じる場合は、青筋を立てて、息も絶え絶え。ほぼ酸欠状態。

「三軒長屋」は談志家元は、頭がボーっとしてくる、と
言っていたが、こういうことなのではなかろうか。
テンポが緩くてもいい部分もあるのだが、比率とすれば、
早いところの方が多い。そして、全体が1時間。
とにかく、たいへんな噺、なのである。

録音の残っている落語家は、志ん生師。
円生師(6代目)のものもある。わるくはないが、もう一つ。
円生師(6代目)の人(ニン)ではないのかもしれぬ。

三遊亭金馬(3代目・先代)が、よい。
禿げ頭で出っ歯の金馬である。
この人、ダラダラ喋っていることの方が多いように聞こえるが
こういうメリハリがあって、リズム感命のものも、実は人(ニン)
なのである。

談志家元は、自分で言っている通り、実際にはあまり演っていない
のではなかろうか。「ひとり会」を私は追いかけていたが、生では
聞いた記憶がない。アーカイブを観ると、やはり多少のアラは見える。

志ん朝師のものもある。
流石に、うまい。口調として、志ん朝師お得意のあのリズミカルな
口調である。よく演じている。ただ、まあ、これは私自身の好み
ではあるが、もう一つ。(志ん朝師、一度ちゃんと考察をした方が
よいと思うが、この人、上手すぎた、のではなかろうか。
上手すぎて、噺によって、強弱というのか、色があまりないように
思うのである。優等生的というのであろうか。)

小さん師(5代目)のものもあるが、やはりというべきか、獅子舞は
カットしている。テンポも緩い。剣術の先生のところはさすがに
うまいが。

存命の落語家だと、小三治師。音になっているのは、若い頃のものか、
かなりイマイチ。鳶の者が与太郎に聞こえてしまう。

志の輔師のものもある。この人も、やはりというべきか、獅子舞は
飛ばしている。この点では、この噺が本当の意味でできている、
とは言い難い(小さん師(5代目)もそうなると思う。)。ただ、
この人の人物描写、演出は天才的である。無難に1時間ものを仕上げて
いる。

市馬会長のTBSのものがあるようだが、聞けていない。どんなものなのか。
談春師はあるようだが、志らく師は演っていないのではなかろうか。

いずれにしても、ハードルの高い噺である。
だがやはり、獅子舞の部分は、滅んでいくのかもしれぬ。

「三軒長屋」、志ん生師もこんなところでよかろうか。
長い噺ばかり書いてきたが最後に軽いのもちょっとだけ書こう。

私が好きなのは「替り目」。この噺、まさに、師の地、かもしれぬ。

「付き馬」。「ちょぃっと、煙草買ってくるから」というのが、
最高に、うまいし、おかしい。大好きである。

ちょっと長いが「子別れ」。「上」で「お前の下駄は、減っちゃって
駒下駄じゃなくて、コマビタだね。これ以上減るとお前の足が減る」。
「昨日、今日、でき星の紙屑やじゃねえ。先祖代々の紙屑やだ」。
そして「下」の「八百屋!」。これが志ん生のセンスである。

大河「いだてん」では内儀(かみ)さんをもらって、大震災。
地震直後、酒やをまわって、呑みまくっていた。

志ん生師は戦後にならないと、うだつは上がらない。
しばらくは暗い感じなのかもしれぬ。

前にも書いたが、松尾スズキ氏演じる橘家円喬(4代目)の「富久」。
下手な落語もどきはやめてもらいたい。
たけし氏も、やめてほしい。
落語を知っているというのと、落語が喋れるというのはまるっきり
違うことである。

落語のリズムとメロディーができていない人の噺を聞かされているのは、
音痴の唄を聞かされているのと同じ。不快である。

たけし氏は、おそらく知らないはずはない。浅草出身の漫才師で芸人。
落語のリズムはわかっているが、あえて演らないのではなかろうか。
つまり、隣の庭にトウシロウが入ってはいけない、という配慮で
はないか。オイラが落語を演る場合はあくまで余興だ、と。

よくタレント、俳優等が落語の演技、真似を余興、あるいは作品として
することがあるが、あれも然り。あういうものを褒める風潮まであると
思う。褒めてもよく覚えましたね、程度で、ちゃんと言った方がよい。
ヘタなものはヘタ。
私は、習い始めにまず、師匠志らく師から言われた。素人にはわからない
のである。私もそれ以前はまったく気が付いていなかった。
落語のリズムとメロディー。落語は伝統芸能でもある。
そんな甘いものではないのである。
余興ではなく、ドラマやアニメ、映画の作品として作る場合は製作者の
問題。落語の作品を作るのであれば、そのくらい勉強してほしい。
指導をする落語家自身が知らない、可能性もある。(意外に多いと思う。)
わかっているのであれば、ちゃんと言うべきである。
(わかっちゃうと、皆うまくなっちゃって、本職が困る?か。)

閑話休題。
次は、八代目桂文楽師。

 

つづく

 

 

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