断腸亭料理日記2020

上野・とんかつ・井泉本店

3月10日(火)第一食

朝はぱらぱらと、雨。

ここ、ちょっと、久しぶりである。
昼は、上野のとんかつ[井泉本店]

に行くことにした。

書いていないが、去年も一度くらいはきていると思う。

戦前の昭和5年(1930年)創業。
[ぽん多本家][蓬莱屋]と並んで、上野とんかつ御三家の一つ。

私など子供頃には、ご馳走であったカツサンド。
その発祥の店としても知られている。

また、この界隈、池之端から湯島天神下は、その昔は、
下谷花柳界、芸者さんのいる街であった。
(今ここは、広くいうと上野であるが、以前は区の名前でもあった
下谷と言うのが普通であった。)

花柳界であったのは、いつ頃かというと、明治から戦後まで続くが、
最盛期はやはり戦前、大正期。規模とすれば、当時、東京No.1が
新橋、次が柳橋、その次が芳町(人形町)で下谷は四番目。
四番目といっても、1922年(大正11年)で料亭28、待合108、
芸妓屋231(加藤正洋「花街」)で相当な規模である。
(詳細はこちら。)

今、この界隈はちょっと場末のクラブ街、キャバクラ街
という趣であるが、その元は、この下谷花柳界なのである。

この界隈にはアイス最中の[みつばち]、豆大福の[つる瀬本店]と
老舗の和菓子やがある。和菓子やは花柳界に欠かせない。
これも名残。
また、池之端仲町通りのおでんや[多古久]。
少し前に亡くなってしまった高齢だった先代の女将。
この方は粋でズバズバとものを言うお姐さんであった。
私などはその頃の雰囲気を持っていた方であろうと
感じたものであった。

そしてこの[井泉本店]はその下谷花柳界の雰囲気を
残している数少ない料理やといってよいだろう。

川島雄三監督作品、森繁久彌主演の「喜劇とんかつ一代」は
この店がモデルで、戦後ではあるが、下谷花柳界も
描かれている。DVDなどになっていないようなので、
手軽には観られないのが残念であるが。

[井泉本店]は木造建築で、広くはないが中庭があり、
座敷から見える。カウンターではなく、二階座敷にでも
上がってみると、その雰囲気が、感じられると思う。

さて。

今日、ここへどうしても来たかったのは、
かにと胡瓜のサラダが食べたくなったから。

もちろん、とんかつを食べに行くのであるが、
この、かにと胡瓜のサラダは他のどこにもない。

ほぼ12時、暖簾を分けて、店に入る。

カウンターは満席。
こんな時でも、にぎわっている。

お姐さんに、壁際の椅子に掛けて、少々お待ちください、と。

言う通り、すぐにあいた。
カウンターの角。

かにと胡瓜のサラダなので、ビールを頼むことになる。

キリンラガー。

それから、かにと胡瓜のサラダと、ご飯豚汁なしで
特ロース。

ビールを呑みながら、目の前の調理場を見る。

この角の正面が、豚汁の鍋。
左側で、とんかつを揚げている。

揚がったとんかつは、豚汁の隣奥、専用の小さな俎板で
ザクザクと切る。

そして、そのさらに奥に並べられている、キャベツの
のった皿にのせる。

きた。

薄く切った胡瓜と、かに肉のマヨネーズ和え。

どうしているのであろうか、これだけ胡瓜をパリパリに
するのは。

この歯ざわりはどこにもなかろう。

ビールが進むこと、夥(おびただ)しい。

座敷にもお客が入り、少しかかったが、きた。

特ロース、1,595円也。

切り口はこんな感じ。

ピンク色ということではない。
これは塩で、というよりは、ソースである。

ここは他の御三家2店などとも違う。
庶民派、なのである。
この特ロースでも半分ほど。

だが、うまい。
パン粉が違うのか、独特の香り。
“箸で切れる”のコピー通り、かなり柔らかい。

むろんラードで揚げていると思われるが、
脂身も少し残してあり、これと相まって
食べ応えがある。

辛子をつけながら食べ進む。

うまかった。

ご馳走様でした。

立って、コートを着て、勘定。

出口は右側の座敷との間の、細い通路。

また降ってきそうである。

 


井泉本店

文京区湯島3-40-3
03-3834-2901

 

 

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