断腸亭料理日記2020

浅草・並木・藪蕎麦

10月12日(月)第二食

10月に入って、鴨南の季節、かと思ったら、
この日記を読み返すと11月であった。

浅草並木の[藪蕎麦]。

年がら年中出している蕎麦やもあるが、ここは冬限定。
これは正しいのであろう。

調べると鴨南蛮は冬の季語。

『池波正太郎 剣客商売二 辻斬り(新潮文庫)「老虎」』

には、
「冬は、すぐ傍にまで忍び寄って来ていた」頃。
晩秋。
おはるが関谷村の実家から鴨とねぎをもらってくる。

これはねぎだけの鴨鍋になるが、この季節。

まあ、鴨というのは、ご存知の通り、渡り鳥で
自然のものは日本へはこの頃に大陸から渡ってくるので、
必然的にこの季節から冬の鳥、ということである。

もう一か月。待ち遠しいものである。

であれば、天ぬきでいいか。

天ぬきで一杯やろう。

あいた時刻がよいだろう。
3時頃。

自転車で店前までくると、紺に白抜きの暖簾が出て
硝子戸は、開け放たれている。

歩道のガードレール前に自転車をとめて、入る。

お客は、奥のテーブルに一組、二組。
一番手前のテーブルに、表を向いて掛ける。

お酒、冷と、天ぬき!。

芝海老が切れていて、できない、とのこと。

こんなことは珍しい。
初めて、ではなかろうか。

仕方がない、天ぷら。

酒がきた。

そば味噌をなめながら、硝子のコップで呑む。

しかし、なんであろうか。
藪蕎麦の天ぷらそばは、芝海老のかき揚げと決まっている。
まあ、看板といってもよいだろう。

私の後に入ってきて、天ぷらそばを頼んだお爺さんには、
芝海老がもう一か月も入ってこないんです、 とお姐さんが
言っていたのが聞こえてきた。

芝海老は、最近も吉池で見た記憶がある。
買おうかと思ったくらいで、特に高くもなかった。
店か、産地か、なにか、決めているのかもしれぬ。

芝海老はよく自分でもから揚げにして食べる。
吉池は有明海あたりであったと思う。

どこのものを使っているのかわからぬが、
そんなに違うものなのであろうか。
天ぷらそば、天ぬきを食べにここにくる人は、
私だけではない。
なんとかならぬものであろうか。

天ぷらもきた。

この海老は、芝海老ではなく、小さいが車海老。
いわゆるさいまき海老といっているもの。

やはり胡麻油であろう。
強すぎないが、香りがよい。

この店らしく、天つゆも濃い。
おろしには、おろししょうがも上にのっている。
この、おろしにしょうがを加えるのは、今は少なく
なっているかもしれぬ。
久しぶりに食べると、ちょっと懐かしく、うまい。

暖簾。

観光客らしい年嵩の家族やら、二組ほどのお客が
座敷に入る。
にぎわうのはよいこと。

天ぷらで呑み終わり、もりを一枚。

きた。

新そば、で、あろうか。
ほんのり緑がかっているようにも見える。
私は、つゆに付けずそばだけを食べる習慣はない。

箸の先にわさびをちょっとつけて、一口分の
そばをつまむ。

上に持ち上げ、長さを見る。

一口で手繰り込める長さにしなければいけない。
長ければ、もう一度つまみ直し。
OK。

先の方だけ、つゆに付け、一気に手繰る。
ほぼかまずに、喉の奥へ。

これが東京のそばの正しい手繰り方でよいのでは
なかろうか。
つゆに、べっとり全部つけるものでもないし、
もちろん、濃すぎて食べられなくなる。
増して、そばを箸から放してはいけない。

私の子供の頃は、落語でもなんでも、東京には
こういうことをいう大人の男が、たくさんいた。

毎度私は書いているが、東京のそばというのは、
こうした蕎麦やも含めて歴史的存在であり、
東京の食文化に他ならない。
例えば、ラーメンなどどう食べても勝手である。
しかし、東京のそばは、こうあるべし、というのが
しっかりある。なんでもいいわけではない。
知らないのを、野暮という。

忘れないでほしい。

 

 

03-3841-1340
台東区雷門2丁目11−9

 

 

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