断腸亭料理日記2021

うなぎ小島町やしま

3935号

9月17日(金)第二食

金曜日。

今日は半分は、内儀(かみ)さんの希望で
うなぎ。

ウイークデーなので、ご近所[やしま」が
やっている。

お彼岸も近い。
以前、ご主人のご厚意で、東京のうなぎ店の
組合でお彼岸に行われる、浅草寺での、うなぎの供養、
放生会(ほうじょうえ)に立ち会わせていただいたこと
あったことを思い出す。

なにをするのかというと、浅草寺の住職の住まいである
伝法院の古い庭の池に、小さい鰻を放す。

落語にも「後生鰻」なんという噺がある。
以前は、生き物を放すことで、功徳を積み、
来世を祈る。まあ、そんな感じであろうか。
ベースは仏教系の思想である。
橋のたもとに、放すために亀だったりを売る
商売があったようである。「後生鰻」はこの習俗が
下敷き。

浅草寺も然りだが、上野不忍池の弁天堂などには
ふぐだったり、やはり特定の飲食店の組合によって
建てられた供養塔がいくつも立っている。
針供養、人形供養、、少し前までいろんな供養を皆が
普通にしていた。
こんなことも、段々忘れられていく私たちの行事、
習慣、習俗なのかもしれぬ。

仏教、お寺の正式行事でもないのだろう。
俗信といって片付けてしまうのは簡単なことだが、
私達の身近な、精神文化の一断面であったことは
間違いない。
日頃世話になっている生き物への感謝、
命を奪うことへの贖罪。

針供養であれば、裁縫を生業(なりわい)とする
人々が日頃愛用している、針への感謝を表す。
なんと細やかな心の持ち方であったか。

己の後生のためという打算、という見方もできるが、
それでも、現代のSDGsとはちょっと違う、
欧米、西洋にはない東洋の考え方である。
こうした自分達の周りのものへの心の配り方は、
もう一度、思い出してもよいことのようにも
思う。

と、いうことでうなぎの[やしま]。

内儀さんがTELを入れ、18時に持ち帰りを予約。

取りに行ってきた。
専用の保温バッグ入り。

開けるとこんな感じ。

中で動かないように、エアクッションまで
入れていただいている。

白焼きがあるので、生のわさびも。

これを先におろす。

白焼きのお重と、うな重、お新香。

それぞれ、3,000円也。

ビールを開ける。

白焼き。

ほんとに、焼きたて、温かい。
拙亭から[やしま]までは、徒歩2〜3分。
また、いいタイミングであったのであろう。
これであれば店で食べるのとまったくかわらない。

うな重はともかく、白焼きは冷たくなっては
いけない。どうしても生ぐさい方向に傾く。
どこであったか、下にお湯を張った器で出す
ところもあるほど。

俯瞰からの写真なのでわかりずらいが、この鰻、
厚みもある。
さっぱりとし、あまみのあるうなぎ白焼き。
まさに極上であろう。

そして、お重。

小袋の山椒を振る。

山椒の場合、いわゆる個包装のものの方が
むしろよいのではなかろうか。
情趣は別にして。
挽き立てがむろん、もっともよい香り。
卓上の器に入れておくとどうしても香りは飛ぶ。
個包装だと挽き立てをパックできる。
よい香り。

そしてなによりも、美しいではないか。
この表情。

お重ももちろん、ほかほか。

お分かりになろうか、蒲焼の表面はテカっていない。
ベトベトしていない、しょうゆの立った
さっぱりとした[やしま]らしい江戸前の蒲焼。
これが真骨頂。

飯も堅めによく炊けている。
うまい。

食べ始めると、止まらない。
夢中で食べ終わる。

うまかった、うまかった。

ご馳走様でした。

いつもおいしいうなぎをありがとうございます。

また、お彼岸にあたり、うなぎの生(せい)に感謝。

そして、私たちはこの日本うなぎが
生き続けられるように努力することを誓わなければ
いけない。

東京人・江戸人の食文化のとてもとても
大切な部分を担ってもいるのだから。

 

 

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