断腸亭料理日記2005

ありがとうございます。

4月12日(火)昼食

今日は、「ありがとうございます。」の、こと。
と、これだけでは、なんのことやらわからないが、
飲食店で、客を送り出す時になんと、いうのか、ということである。

ちょっと、変則であるが、書いてみたい。

これ、意識していないと、聞き過ごしてしまうことである。

「ありがとうございます。」か、「ありがとうございました。」か、
どちらか、と、いうこと。

なにか、「重箱の隅」のような話であるが、聞いていただきたい。

筆者、落語が趣味である。知っている方もあるかも知れぬが、
落語芸術協会のホープ(?)春風亭昇太師匠という方、この人が
言っていたことである。

昇太師の前座時代の話。

寄席では、トリ(最後)の真打が噺を終えると、
その日の口演はすべて終了である。

真打が、サゲを言って、頭を下げると、太鼓が鳴り、
袖にいる前座などが「ありがとうございま〜す。」と、叫ぶ。
しばらくすると、幕が下りるのだが、それまでの間、
噺を終えた真打も、頭を下げ、同じように
客を送り出しながら「ありがとうございます。」を繰り返す。

ある日、今は亡き、桂文治師がトリの時、昇太師は当番の
前座で、この「ありがとうございます。」の声を出す
係りであったという。

ここで、第一声、大きな声で「ありがとうございました。」と、
叫んでしまった、という。

これで、文治師匠にこっぴどく、小言を食らった。

「ありがとうございました。」ではなく
「ありがとうございます。」である、と。

この違いは、なんなのか。ちょっと聞いただけでは、
どっちでもいいじゃないか、と、思われるかも知れない。

昇太師も、そう思った。
この話を聞いたとき、筆者も、同じように思った。

しかし、文治師は、「これは、大切なことである」、という。
「・・・ます。」は、例えば、この前に、「毎度」が付く。

これに対して「・・・した。」は、例えば、
「今日は、ありがとうございました。」
というような、完了したニュアンスになる、と、いうのである。

また来てほしい、のに、完了した、
(かつ、突き放したようなニュアンスもある)
言い方を使ってはいけない、という。

そこで、寄席では、「ありがとうございました。」とは言わない。
「ありがとうございます。」であるというのである。

頑固爺さんの桂文治師匠らしいエピソードかも知れない。

これは、なにも、寄席だけではない。
客商売、すべてにいえることなのかと思う。

東京でも、池之端藪でもどこでもよいが、そこそこの格のある、
躾の行き届いた、老舗のそば屋、などで、気を付けていると、
みな「ありがとう存じまぁ〜す。」などと言っている。
「・・・した。」ではなく、「・・・す。」である。

もっと、丁寧に言うところであれば、
「ありがとうございました。ありがとうございます。」
と、この順で、重ねて、言う。

例えば、お金を払うときに「・・・した。」で、
送り出す時に、「・・・ます。」を使う。

決まり文句ではなく、正しい日本語を使える人が
本心から言葉を発すれば、
自然と、こうなる、ものでもある、とは思う。

食い物やの客あしらいの言葉は、重要である。
ことに、和食の場合は、いかに中身が旨くても、
客あしらいが、まずければ、どんな有名店、
高級店でも興醒めである。

少し前の日本(東京(?))の客商売には
こんな細やかな、スタイルがあったのである。

わかって聞いていると、気持ちのよいものである。

昨日今日駆け出しの、脱サラそば屋さん。
店全員で「ありがとうございま“した”。」を合唱しないでほしい。

食い物は、文化である。
こうしたことも受け継いでほしいと、思うのである。

(文治師匠。懐かしい。
昔は町内に一人はいた、頑固爺。そういえば、小言幸兵衛なんという
江戸落語もあった。筆者、年をとったら、文治師匠のような、
頑固ジジイになるのが、夢である、、、。)

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