断腸亭料理日記2007

そばや、少し考察その2

(趣味そばと、そば至上主義?)

今日は昨日のつづき。
趣味そば研究、と、いうのか、九段下の九段一茶庵本店と、
神田猿楽町の松翁へ行ってみた。



7月14日(土)第二食

さて、趣味そば、と、思ってはしご、をした二軒であったが
ちょっと、よい方向に予想がはずれた。

一軒目の、九段一茶庵本店。
見た目は、いかにも趣味そば、という店構えと内装であるが、
特別に、角張った印象もなく、そばもうまく、居心地も悪くない。

二軒目の、松翁。
こちらは、一茶庵以上に、予想と違った。

趣味そば、というよりは、見かけは飾り気のない居酒屋。
実質本位。ご店主が手づから揚げ立てを運ぶ、うまい天ぷら。
しかし、そば湯を出すタイミングなども、きちんと見計らっており、
東京のそばやとして、“行き届いて”もいる。

筆者、正直のところ、そば、そのものについて、粉がどうの、
香りがどうの、というようなことに、あまり頓着はしない。
ある一定以上あれば、それでよいし、
天ぷら、その他のつまみについても、
あまりにひどくなければ、そばやであれば、可、でなくとも
不可、では、なかろう、と思う。
(しかし、一般には、ブームをよいことに、趣味そばの顔をして、
まったくひどい素人料理を出して、平気な顔をしているところも
あるにはある。こんなところは、論外であり、考察の対象にもならない。
筆者は、行かなければいいだけだが、
よくよく考えると、こうした店の方が、そばやの地位ということを
考えてみると、困った存在では、ある。)

結局、ある一定以上のそばやについての、筆者自身の評価のポイントは
居心地がよいかどうか、それだけであることに気が付いた。

今日の松翁については、天ぷらは、はっきりいって、
そばや、ではない。別に運んできて、塩を出すのは、
そばやとしては、明らかに、違う。
老舗系の好きな筆者からすれば、本来ならばハテナマークが付く。
(そもそも、老舗系には、天ざる、というメニューはない。)

しかし、その仕方も、これだけうまければ、文句はない。
また、ここは、この仕方を20年以上かけて培って
十二分に、こなれ、「どうだうまいだろ。家の天ぷらは
つゆじゃなくて、塩でないとだめなんだよ、、。」といった、
押し付けがましさ、といったものとも無縁である。

そばやは、呑んだとしても、一人で入って、
一時間もいるような場所ではない。
また、金額は、そばだけでは、かかっても3000円程度。
しかし、この金額がまた、微妙なところ、で、ある。
コストパフォーマンスを追及する金額ではなく、
なにがしかの、もの、を得たい、金額、で、ある。
(かといって、鮨屋ほどの“心構え”はいらない金額でもある。)

よって、これは老舗系と過去の東京のお客たちが
培ってきたものであろうが、そばだけでない、東京のそばやの、
仕方、スタイルというものができており、短時間にしては、
なかなかに、厳しく求めるものがある。
(一言でいうと、それは『サービス』なのであろうが。)

これが、居心地、というものの本体である。

そういう意味では、筆者は今日の二軒は居心地は悪くなかったし、
松翁は、またいってみたくもあった。

同じ質のそばや酒、つまみを提供しても、
居心地は、その他の要素によって大きく左右されてしまう。

店のたたずまいや器、そして、もっと大きいのは、
有形無形のサービス、態度、今風に言うと
その店のプレゼンテーション(見え方)全体。
客の迎え方、そば湯の出し方、挨拶、もてなし方全体。

乙な内装ならばよいのか、といえば、そうでもない。
丁寧ならばよいのか、というものでもない。
慇懃無礼というのもある。ぶっきら棒ならぶっきら棒でも
押さえるところを押さえているのなら、それでもよい。
女の子の注文の取り方、言葉遣い、表情。メニューの書き方
壁の貼り紙の注意書き、その他もろもろ。いわくいい難い
文字通り、店のプレゼンテーションとしかいいようがない、
全体、の心地よさなのである。

むろんこんなものは、すべての客商売に求められるものであるが、
中でもそばやは、長い東京のそばやの歴史の中で培われた、
そばや特有に求められるものがあるし、またそれはそばやだからこそ、
そのハードルは低くない、と、思われるのである。
東京のそばやの氏素性は、ラーメンや、や、カレーやとは、違う、
と思うのである。

結局、これら、客へのプレゼンテーションは
ご店主のキャラクターやポリシーに集約されるものなのであろう。

3〜4年そば打ちの修行をしても、そうした客を向かえる態度は
受け継がれないのかもしれない。したがって、若いご店主は、
いかにそば打ちがうまくとも、人生経験という意味で不利なのである。

もっと、うがった見方をすると、頭で考えて、
有名店でそば打ちの修行をして、開業したような、“趣味そば”の
ご店主は、うまいそば至上主義、というのであろうか、
国内産どこそこのそば粉を、石臼挽きで、毎日手打ち、
出汁は、なになに、とこだわって、うまいそばができました、
という。そこには、そばやとして、客を迎える態度、顔、
といったものが少ないのではなかろうか。
これは、じっくり話を聞いたわけではないので、むろん
見ただけの、筆者の完全な推量である。

さらに、そば至上主義は年齢に関係ない。若くとも、
いわゆる団塊脱サラ男性でも、同じような方は
いるように思われる。そして、これは、どちらかというと、
宗教のような、それに賛同してくれる人だけ、
きてくればよい、というように見える。
文字通り、店ではなく、趣味でやるのならば文句は言わないが、、
なのである。

あるいは、そこそこ歴史もあり有名になった、“趣味そば”では
こんなのもある。
いわゆる、繁盛店、有名店の驕(おご)り、というのであろうか、
そばを運ぶ、おばさんまで、つんけんとして、高飛車。
まあ、これは昔からよくある例かもしれない。

また、これらを助長しているのは、そばブームを背景にした、
グルメマスコミ、の論調、というのもあるように思われる。
彼らは、グルメ雑誌のそばや特集や、そばやを集めた単行本で、
先に述べた、そば至上主義、というようなものを基準の中心にして、
店の評価をしているように思われるのである。

結局、長々と書いてしまったが、以前から筆者が感じていた、
特定の“趣味そば”で感じる不快感を分解してみると
こんなことになった。

まず、その不快感は、店としての居心地の悪さである、ということ。
そばやでは、そば本体だけでなく、この居心地、というものが
そばやだからこそ、とても重要であること。

それは、筆者の推量では、ご店主が、そば至上主義一本槍で、
筆者がそばやに求める、客を迎える態度、が少ない
と、いうことに起因しているのでは、と、いうこと。
また、それを助長するグルメマスコミの存在も大きいこと。

そして、今回の神田猿楽町の松翁、いつもいく、西浅草のおざわなど、
そうした居心地の悪さを感じさせない、よい店も、
むろん少なくない、ということ。

結局、これら、それでなんら文句のない人、あるいは、
それが好きな人には、まったく無関係、それ以上に、
大きなお世話、かもしれない。
筆者も、そういう店には、ただ、いかなければよい、ということで、
終わってしまう、話、ではあるのかもしれない。
ただ、それをよしとして、騒ぐマスコミは、
筆者などには、うるさいだけ。いろんな価値基準を提供するのも
マスコミの使命であるとは思う。また、だからこそ、筆者は
こんなことを、ここに書いている、ということである。

さて、今回、前から懸案であった、そばやとは、
その魅力とは、なんであるのか、と、いうことを筆者の立場で、
考えて一応の結論を出してみた。

路麺、老舗系、趣味そば。
路麺、老舗系については、筆者の好きな理由、そのポイント、
を考えてみた。

そして、趣味そばについては、嫌いなところとその背景について、を
いささか独断のきらいはあるかもしれぬが、考察してみた。

今回、そばやとは、そばやの魅力とは、を、考えはじめて、
居心地、というところにたどり着いた。

しかし、これだけでは、バーでも、居酒屋でもいわれることで、
まだまだ、掘り下げ尽くしてないように思われる。
ヒントは、今回たどりついた、そばや特有の、居心地、
ということなのであろうが、ひとまず、それはまた、今後の課題とし、
今回はこんなところで、お仕舞いとしよう。



松翁は池波レシピであった。(松翁のこと、ちょっと続き)



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