断腸亭料理日記2007

ボース氏のカレー・

味覚極楽・子母澤寛より

3月24日(土)夜

実は、先日の、勝海舟つながり、なのであるが、

勝海舟といえば、子母澤寛。

子母澤寛、は、明治25年生まれで、
池波先生などよりは、一世代上の時代小説家、ということになる。
時代小説としては新撰組を新政府側ではなく、生き残りの隊士に取材し、
彼らの側に立って、新解釈した先駆けであり、
今では新撰組モノの古典でもある、「新撰組始末記」。
そして、「勝海舟」、勝新太郎で有名な「座頭市」の
原作、あたりが有名どころであろうか。

もと、子母澤先生は新聞記者で、その記者時代、
昭和2〜3年の連載記事で、今でいう、著名人にインタビューをした、
グルメコラム、を書かれていた。
そしてそれを戦後、ご自身の解説を付けてまとめた
「味覚極楽」という作品がある。

読んでみると、これがなかなかすごい。
当時の著名人、というと、政治家、元殿様の子爵様、男爵様、その夫人、
味の素の創業者といった実業家、赤坂虎屋の十五代目(厚生大臣になられている方、
黒川武雄氏)、などなどで、今では、既に歴史上の人物になっている人々
が登場する。

「八百善の山谷にあったころはよかったが、
築地に移ってからだめになった」とか、今はもうない鮨屋、天ぷら屋、
料亭の名前が登場し、いわゆるグルメ案内には今となっては、
参考にはならないが、当時のそうそうたる有名なところが
出てきているようである。

なかで、ちょっと毛色が変わっているのだが、カレーの話題。
「真の味は骨に」<印度志士ボース氏の話>という章があった。

ボース氏とは、昭和初期の当時、インド独立運動をしていた人。
イギリス政府に追われ、日本に亡命してきたが、
日本政府にも追われ、それを、新宿中村屋の創業者である、
相馬愛蔵氏がかくまっていた、と、いう。
その後、ボーズ氏は相馬氏の長女を娶(めと)られている。

その関係で、カリーの中村屋が生まれた、ということなのである。

このボーズ氏のカレーのレシピが登場する。
『バタの溶ける位のトロ火で、まずはバタでゆっくり
これ(骨付きヒナ鳥)を煮て』骨から肉が離れるようになるまで、
と、いう。(「バタ」、は原文のまま。)
バターで煮る、というのがすごい。
インドではバターを溶かした油を、ギー、といって、
多用するのは有名である。

ボース氏は、カレーはこのバターが決め手であるといって、
自ら、牧場を作り、バターから作り始めた、と、いう。

鶏の骨付き肉をバターで煮る、これ、やってみようか。

夕方、ももの骨付き肉を買いに出る。
ハナマサで冷凍のものを購入。
バターも大量に使うのであろう。大きい塊のものを買う。

作る。

骨付きももを、解凍。

鍋に、無塩バター、まずは、普通の塊、200gのもの一つ。
全部溶かす。

ここに、肉を入れ、ごく弱火。
200g(1箱)を溶かしても、肉がヒタヒタになるほどにはならない。
これで、煮る、というのは、もっとバターが必要なのであろうか。
そんなにバターを使うのは、ちょっと気が引ける。

鍋を傾け、できるだけ油に肉が浸るようにしながら、やってみる。

さて、同時進行で、玉ねぎ(1個半)、にんにく(大匙1)、
しょうが(小匙2)、みじん切り。

大皿に広げ、軽く、油を振り、レンジ、下拵えモードで、
水分を飛ばす。

さて、バター煮。
バターは、加熱していると、水分が飛び、完全に油になって、
量が少なくなってくる。
さらに、70〜80gほど、加え、揚げ煮を続ける。

鍋を傾けながら、煮るのは、なかなかたいへん、である。

レンジの方は、時々かき混ぜながら、10分ほどであろうか。
終了したものは、テフロンのフライパンに移し、
バターの油(ギー)を少し鍋から入れ、ごく弱火で、炒める。
これも同時進行。

レンジでだいぶ水分を飛ばしているので、こちらの方は
さほど時間はかからない。
狐色まで。

さて、バター煮の、骨付きもも肉。
1時間以上はたっている。
骨から、外れるくらいの柔らかさには、もう少しで、あるが、
だいぶ柔らかくなってきた。
一度火を止めておく。

炒めた玉ねぎ。
ここに、水を少量加え、いつものように、スパイス。
ターメリック、大匙1、レッドペッパー大匙半分。
それから、コリアンダー、フェネル、クミン、ガルダモン
各小匙1。S&Bのカレー粉小匙2ほど。

弱火で、よく練る。

これを、バター煮の鍋に入れる。
トマト水煮カットしたもの1缶。
水、この缶で2缶ほど。

煮込み用のスパイス、グローブ、シナモン、
ローレル、フェネグリークリーフ、
さらに、S&Bカレー粉、固形スープの素1個を入れる。

水を足しても、油の量は相当なものである。
なんといっても、300g程度はバターを入れている。
上から、1cm以上は油の層である。

塩を加え、ふたをし、煮込む。

この間に飯を炊く。
米は、タイの香り米。
長粒米で、香りのよいもので、ある。

軽く洗って、すぐに、炊飯器スタート。

煮込み中、様子を見、味見。
バターの量の多さで、スパイスがかなり抑えられている
感じである。辛味も同様。
レッドペッパーを足す。

飯が炊き上がるまで、ごく弱火で煮る。

できた。


なにか、この写真、ちょっと見た目は、普通のカレーのようであるが、
よく見ると、縁(ふち)付近に、油の層が見えると思う。

ライスにかけながら、食べてみる。

これは、筆者が普段作っている、インド風カレーと、

まったく別の物と、いってよかろう。

レッドペッパーも追加し、随分スパイスは入れているのであるが、
バターの味が強く、マイルド。
鶏肉は、後の煮込みもあり、骨からサクサク外れる程度には、
柔らかくなっている。
しかし、これが、うまい。

ボース氏のカレーと同じようなものができたのかどうか、
まったく不明である。
しかし、秋葉原のジャイヒンドであったか、

もしかしたら、銀座のナイルレストランも、ひょっとすると、近いかもしれない。
肉が骨から外れるくらいに柔らかく、
全体にスパイスもマイルド。

まったくの推測であるが、バター(ギー)を大量に使うのは、
インドでも上流階級のカレーなのではなかろうか。
ジャイヒンドは不明だが、ナイルレストランの初代も
インドの革命と関係があった。
革命に関わるくらいであるから、階級社会のインドでは、
上流の出身なのではなかろうか、というのが推測の根拠である。

ともあれ、バターが多いと、いうのは、
うまい、ことは間違いない。

しかしまあ、鶏のバター煮はよいのだが、最後の煮込み前に
少し、油を減らしてもよかったのかもしれない。

カロリーとしては、
たいへんなことになっているのもまた、間違いない。
四十過ぎの人間には、かなりキケンな食い物、である。





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