断腸亭料理日記2009

里芋と葱のふくめ煮〜

〜三ノ輪、東京下町発音考察

2月16日(月)夜

仕事が終わり、オフィスを出る。

さて。

なにを食べようか。

今日もだいぶ暖かかかったが、
まだ、温かいものがよい。

煮物?

なにがよかろうか。
里芋?

煮っころがし?

であれば、里芋とねぎのふくめ煮

これは、私には定番の池波レシピ。
そうである。
この前、池波レシピベスト10、というのを、むろん、
私なりに、考えてみたが、その10位に入れた。

作品は、鬼平。

ちょっとわけあり、そうな、三ノ輪の飯や。
平蔵は、内偵のため、汚れ浪人に身をやつし、
店に入り、[定食]を食べる。

***********************

[どんぶり屋]では、酒を出さぬ。できるものは、いわゆる[定食]のみであり、

だまってすわると、盆にのせられた[定食]が運ばれてきて、食べ終われば

七文を盆に乗せ、出て来ればよい。

 すわった平蔵の前へ、盆が運ばれて来た。

 熱い飯に味噌汁。里芋と葱のふくめ煮と、大根の切漬がついている。

 「ふうむ……」 

 平蔵は、里芋を口にし、感心をした。

 里芋と葱とは不思議に合うもので、煮ふくめた里芋に葱の甘味がとけこみ、

なんともいえずにうまい。なかなかに神経をつかって煮炊きをしている。

池波正太郎著 鬼平犯科帳〈11〉 (文春文庫)  より


***********************

この飯やの場所は、三ノ輪という設定。

作品構成上、三ノ輪というところはなかなかに、
意味のある場所、で、ある。

江戸の頃、日光奥州街道の本道は浅草回りで、小千住(現南千住)、
千住大橋のルート、であったが、江戸期も進んだ、鬼平の頃には、
上野から坂本、金杉、三ノ輪、の、現在の昭和通りのルート
(正確には今の金杉通り)も人通りの多い街道筋といってもよいほどになっていた、
と、作品でも書かれてもいる。
そして、街道筋であるが、一歩入れば、田園風景が広がる
江戸の郊外。境界、狭間の場所、で、ある。
入ってくる人間も、出ていく人間も通る境界の場所。
こういうところでは、[なにか起こる]、ことを予感させる、もの。
なにか、胡散臭い、飯やが、さも、できそうなところ、
なので、ある。

現代の三ノ輪も、ちょっとおもしろいところ。

三ノ輪というのは、台東区の北の端。
駅は、日比谷線の三ノ輪、都電の終点、三ノ輪橋。
町名としての三ノ輪は台東区だが、西と北はすぐに荒川区。
三ノ輪橋の駅も荒川区南千住だし、西側は、東日暮里。
やっぱり、境界の場所、で、ある。

下町、台東区の浅草に住んでいるとむろん、
身近なところ、で、ある。

少し、話は飛ぶのだが、
三ノ輪、と、いうと、いつも気になっていることがある。
(毎度のことだが、里芋からだいぶ離れるが、お許しを。)

三ノ輪の発音、で、ある。

普通、三ノ輪、ミ・ノ・ワ、と発音する時の
イントネーションはどうだろうか。
山手の人(東京標準発音といってもよいのかもしれぬ。)
は、おそらく平板なイントネーションではなかろうか。
(矢印で書くと →→→)。

近辺の下町人はミ・ノ・ワ、の、「ノ」を上げ、
「ワ」を下げて、発音する。(→↑↓)
(おわかりになるだろうか。)

こういう発音をするかどうかで、相手が下町人であるかどうか、
判別できてしまう、のである。

そうとうな、蛇足である。

蒲田、なども、地元の人の発音は、一般とは違っている。
一般には、カ・マ・タ、の「カ」がアクセントがあり、
上がって入り、「マ」で下げているだろう。(↑↓↑)
しかし、地元では、「カ」を下げて入り、「マ」、を上げる。
(↓↑→)

蛇足ついでに、昔から気になっているので
このあたり、東京でも、主として地名だが、人によって
違いのある発音について、今日はちょっと書いてみたい。

これは江戸弁、などとはまた別のものかもしれぬ。
言語学に明るくないの、できちんと説明はできない。
東京でも、一般の東京標準発音とは違う発音を、現在も
地元の人間はしている場合。あるいは、昔は違う発音していた、
というのも、意外に多いように思う。

例えば、浅草寺の本坊は、伝法院という。
これは、デ・ン・ポ・ウ・イ・ン、東京標準発音では
「ン」、が上がり、「ウ」、で下がり、「ン」で
また上げるだろう。(→↑→↓→↑)

しかし、地元では「デ」にアクセントが付き、
高く入り、「ン」が少し短くなり、
「ポ・ウ・イ・ン」が低くなる。(↑→→→→)
まったく同じ例だが、人形町の水天宮などもそうである。
標準発音は「イ・テ」で上がり、「ン・グ・ウ」で下げるが
ローカル発音は頭の「ス・イ」にアクセントがきて、
「テ・ン・グ・ウ」を下げる。

あるいは、桐ヶ谷。
五反田の方で、斎場のあるところ、で、ある。
ご存じの方はご存じであろうが、落語、黄金餅に
出てくる焼場が、ここ、で、ある。

黄金餅といえば、むろん志ん生師だが、
志ん生師は、桐ヶ谷を「キ」にアクセントを付け、
「リ」、で、下げる、発音していた。(↑↓→→)
今の標準発音は、「リ」を上げて、「ガ」、を下げ、
「ヤ」、で上げているだろう。(↑→↓↑)
(私は知らないのだが、今、地元の生まれ育ちの方が、
どういう発音をしているのだろうか。)

こうしたイントネーションの違いは、どう理解したら
よいのだろうか。

蒲田の例がちょっと別で、三ノ輪や、伝法院が、
下町(江戸弁)発音と、山手(東京標準)発音、と思えば
よいのだろうか。よくわからぬ。
(ちょっと未消化だが、言語学の新書程度の解説書で読んだような
記憶もあるのだが、日本語は普段よく使う言葉は、
語尾が上がる、ということがあるようだ。
若い人が、彼女、彼氏を語尾を上げて発音しているのは、
これ、であるという。蒲田の語尾が上がる
ローカルイントネーションはこれかもしれない。)

きっと、研究もあるのかもしれない。
調べてみようか。

里芋→三ノ輪→東京の地名のイントネーションのこと
と、大幅に飛躍してしまった。

里芋に、戻ろう!。

オフィスからの帰り道。
牛込神楽坂駅そばのスーパーに寄る。

泥つきの里芋は、洗うのも手間であるし、
煮る時間もかかる。
洗ったものがよかろう。
ねぎは、家にある。

これでいいようなものの、魚売り場ものぞいてみる。
銀鱈(ぎんだら)の切り身の切り落としが200円と安い。
これも煮て食おうか。

帰宅。

以前作ったレシピでは、出汁を取っているが、
なん度か作っているうちに、出汁を取らなくとも
よいだろう、と、思うようになった。

品はないが、三ノ輪の七文の飯やであれば、
むしろ、酒としょうゆ、のみの方が、
感じが出るであろうし、むろん、十分にうまい。

里芋を軽く洗い、鍋に、水、酒、しょうゆ。
量は、ヒタヒタ。
煮立てて、柔らかくなるまで煮る。

銀鱈。
本来なら煮魚は、煮る前に熱湯をかけて洗う、
霜降りをするのだが、今日は、面倒なので、カット。
鍋に水を張り、いきなり煮始める。

味は、しょうゆ、酒、砂糖、で、かなり濃く、
甘い方向にする。
煮立ったら、弱火にし、アルミホイルで落としぶた。
ここから、6〜7分。

里芋。
見た目に、柔らかくなってきたら、竹串を刺してみる。
あれ。
まだだ。

洗ってあるから、早く煮える、かと思うと、
そんなことはない。
しょうゆの色が付いているのに、まだ、で、ある。

えーい。
ショートカット。
つゆごと皿に入れ、レンジに突っ込む。
2分ほど。

もう一度、竹串。

OK。

鍋に戻し、2〜3cmにざくざく切ったねぎを加え、
さらに、煮る。

ねぎが煮えれば、完成。

OK。

これには、やっぱり、菊正宗の燗酒。
今日も火鉢に鉄瓶。


里芋もよいのだが、これは、ねぎが、うまいのだな。
こういうものを食うと、なにかしみじみとする。

銀鱈は、まあ、普通にうまい。

今日は、話がヘンな方向にいってしまったが、
各位様には、平にご容赦を。





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