断腸亭料理日記2009

蛤の湯豆腐、、長火鉢、で。 

池波レシピベスト10 その2

さて。

今日は、先週からの続き。
蛤の湯豆腐から、私の池波正太郎レシピ
の、ベスト10を試みに、作ってみた。


1位 軍鶏鍋

2位 しょうゆだけの鴨鍋

3位 蛤の湯豆腐

4位 鴨飯(かき混ぜバージョン)

5位 浦里

6位 大根鍋

7位 ポテトフライ

8位 鯵の煮びたし

9位 鰈の煮付け

10位 里芋と葱の含め煮


3位までを説明をしてきたので、
今日は、4位から。

鴨飯。

どうも、私は、鴨が好きなのである。
2位に、しょうゆだけの鴨鍋を入れたが、
再び、鴨。鴨飯、で、ある。

しかし、このあたりから、B級になってくる。

炊き込むものもうまいのだが、
これは、剣客商売、大治郎の作るもの。
したがって、凝ったものではない。
ようは、玉子かけご飯なのだが、
温かい飯に煎った鴨をのせ、
酒としょうゆをかけて食べる、というもの。

ガツガツと、食う。
A級ではないが、べら棒にうまい。

5位に入れたのが、浦里。

浦里とは、池波作品であるが、鬼平でも剣客でも
梅安でもなく、「その男」という
幕末の剣士、杉虎之助という人物を扱った
ちょっと毛色の違う作品。

ちょっとだけの引用をお許しいただきたい。


『大根おろしへ梅干の肉をこまかくきざんだものをまぜ合わせ、

これへ、もみ海苔と鰹ぶしのけずったものをかけ、醤油をたらした一品で、

炊きたての飯を食べる

 この一品。名を〔浦里〕といい、吉原の遊里で、朝帰りの〔なじみ客〕

の酒のさかなや飯の菜(さい)に出すものだが、、」

「ちょいと、その、うまいものだ。」』

その男 1 (1) (文春文庫 い 4-23)

吉原の花魁が出したもの、で、あったのか。
もしかしたら、これは、池波先生の実体験からの
ものかもしれない。

むろん、うまいのだが、味もさることながら、
どうにも乙、で、ある。

そういう“背景を込みにして”、好きなものである。

6位は大根鍋。
これは、梅安に出てくるし、先生自身も好きだった
ようで、エッセイなどにも登場する。

基本は、大根だけの水炊き。
鶏を入れたり、油揚げなどでもよい。

しょうゆだけで食う。
これが、そうとうにうまい。

これだけシンプルなものは、料理とはいえぬかもしれぬが、
このあたりが、池波先生の本領、で、あろう。

よく、池波先生を今、グルメ作家などという評がされるが、
それは大きな間違いで、ある。

今いわれるグルメは、食通。高価な珍しいものを
食べる、ということなのだろうが、そういう
人ではなかった、というのが、これで裏付けられよう。

食べることに命をかける、とまで書かれている。
これは、むろん、金にあかせて、
うまいものを食うということではない。

なんでもないものが、うまい。
なんでもないものを、うまく食う。

これが、池波レシピ本質だと思うのである。

そして、私も、むろん大いに共鳴するところ。
今の世、時として、見失いがちであるが、
肝に銘じなくてはならぬこと、と考えている。

(そんなわけで、本来ならば、これを池波レシピの
1位にしなくてはならないくらいのもの、ではあるが、
そこは、断腸亭のベスト10、ということで
お許しを。)

次、7位。

7位は、ポテトフライ、で、ある。

池波先生は少年時代、友達にポテ正、と呼ばれていたと
書かれている。

ポテトの正太郎で、ポテ正、らしい。
まあ、それだけ、このポテトフライなるものが
好きだったということだろう。

ポテトフライといっても、ご存じの方は、
ほとんどいないかもしれないが、
東京下町で育たれた方であれば、ご存じであろう。
下町の肉やや、惣菜やで、売られていた
コロッケの前身のようなフライもの、で、ある。

コロッケは茹でたジャガイモを潰すが、
茹でずに切っただけで、衣、パン粉を付けて、
油で揚げる。

茹でなくてよい、というのは、少し手間がかからないようだが、
逆に、茹でずに、揚げるので、火が通りにくく、小さく切る。
したがって、小さなものがたくさんできてしまい、
衣をつけるのが、面倒になる。

まあ、味は、材料が同じであるので、
コロッケとさほど違うものではなく、
コロッケよりもさらに、B級であるのだが、
そこが逆に、ある種、東京下町の、懐かしい故郷の味。

そんな意味で、この順位になった。

8位、鯵の煮びたし。

これは、出典は、鬼平。
簡単であるし、さっぱりとし、夏にぴったり。
いかにも、江戸、東京の味ではなかろうか。

しかし、私の育った家庭で出たメニューではなく
鯵のこういう食い方は、初めてであった。

素焼きにした鯵を酒としょうゆだけで
煮びたし、に、する。

冷や酒を茶碗でやりながら、
五郎蔵のように、喰いたいもの、で、ある。

まあ、これもシンプル。無骨といってもよいだろう。
池波レシピらしい、もの、だろう。

9位、鰈の煮付け。

『・・・麦飯に大根の味噌汁。鰈の切り身を味濃く煮つけたのを、

「うまい、うまい」

 と、平蔵は二度もおかわりをし、飯を三杯も食べてしまってから・・・』

鬼平犯科帳〈13〉 (文春文庫) 「熱海みやげの宝物」

“味濃く煮つけた”鰈の切り身。

半分は私の想像なのかもしれぬが、
この“味濃く”は、鯵の煮びたし同様、酒としょうゆのみの
煮付けと、思っている。
なぜなら、私の家がそうだったからなのである。
私の父親は、煮ものには、砂糖はおろか、みりんさえ
入れさせず、文字通りしょうゆの味の濃いものでなければ、
だめ、で、あった。

東京でもしょうゆは濃いが、甘く煮る、というのも
あるやに思うが、庶民はおそらく、酒だけという家が
多かったのではなかろうか。

私には、これぞ、東京、故郷の味で、ある。


最後の10位、里芋と葱の含め煮。

これも鬼平、「土蜘蛛の金五郎」という話。

三ノ輪の一膳飯屋で出される。


『里芋と葱とは不思議に合うもので、煮ふくめた里芋に葱の甘味がとけこみ、

なんともいえずにうまい。なかなかに神経をつかって煮炊きをしている。』

鬼平犯科帳〈11〉 (文春文庫)  「土蜘蛛の金五郎」


このメニューがどこから出てきたのか。
先生の子供の頃から食べていたものなのか。

里芋にしても、ねぎにしても、あたりまえのものだが、
一緒に煮るというのは、たとえば、肉じゃが、というような
定番の組み合わせになっているものではない。
煮えるのは里芋の方が時間がかかるから、かもしれない。

しかし、作品に書かれている通り“不思議に合う”。

なん度も書くが、
普通のものを、普通にうまく作って、食う。

池波レシピは、これに行き着く、と、いうことだと、
私は思う。

さて、そんなことで、断腸亭流、池波レシピベスト10、
であった。
私の場合、先生のいう、命をかけて食う、までは
できないかもしれないが、物を食うときには、常に
考えていかなければならないと、思っている。


最後に、やっと、本題。
蛤の湯豆腐。


今、蛤はうまい時期だが、いかんせん高価。
内儀(かみ)さんがスーパーやまざきで、買ってきたが、
国産で大きいものなので、3パック、1500円。

今、国産の蛤は数が減り、安いものは、中国産などが多い。

鍋なので、待ってましたの、長火鉢。
鍋と、お燗が同時にできる。
これしかないだろう。


味付けは、塩のみ。
酒は、いつもの菊正宗。
豆腐は、近所のうまい豆腐や、小松屋の、木綿。
三つ葉もちょいと入れる。

小鍋。

いうところの、小鍋立て。

とてもシンプル。
池波先生もよく書かれているが、
鍋に入れるのは、二品、まあ、入れても、三品まで。
一つ一つの食材に集中できる。

このスタイルも東京下町流、といってよいだろう。

たとえば、駒形などのどぜう鍋もそうである。
小鍋で、どぜうと牛蒡の笹がきのみ。


酒に絶妙に合う、蛤のつゆ。

長火鉢で蛤の湯豆腐、燗酒。

実によいもの、で、ある。




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