断腸亭料理日記2009

上野・とんかつ・蓬莱屋

11月26日(木)夜

6時、埼玉の鶴瀬で終了。

東上線で池袋まで戻り、山手線で、御徒町まで。
帰りの道々、なにを食べようか、考えていたのだが、
今日は、なに、と、いって、思い付かない。

やはり、疲れてるのか、、。

7時すぎ、御徒町の駅を降りて、
吉池に入ってみる。
売り場を見て回る。魚はあるのだが、
これ、という物が思い付かない。
(なにか自分で作ろう、と、考えるのは、
エネルギーがいることなのだろう。)

吉池の路地を出て、なんとなく
左へ(帰宅する、大江戸線の入口の方向)。

お!。

そうだ蓬莱屋
(これはちょうど、2年前であった。)

吉池の路地が松坂屋裏にぶつかる左の角にある。
(前出リンクページに散々書いたが、
蓬莱屋は、とんかつ発祥の地、といわれる、上野御徒町でも
名代の老舗、で、ある。)

夜きたことはない。

最近、揚げ物が多くなっている、ような気もするが、
まあ、いいか。とんかつ。

角を左。

格子を開けて、入る。

一人、というと、開いていた、カウンターの角を
案内され、座る。
(入ったことはないが、ここは、座敷もあるよう。)

先客は、一人できている、比較的年配のサラリーマンが

二組と、年格好は同じ程度だが、二人で、呑みながら
声高(こわだか)に話している一組。

調理場の中は、以前は、高齢の方二人、で、あったが、
今日は、比較的若い(私よりも若いか)男性と、
補助の女性。

一先ずは、瓶ビールをもらい、
メニューを広げて、考える。

ビールがきた。


お通しは、以前にきた時にも出てきたが、
むいた枝豆。
お新香も。

このところ、東京も寒かったり暖かかったり、
色々である。
ここ、二、三日は暖かく、今日もコートはやめて、冬物のスーツですんでいた。
喉も乾いていたので、ビールがうまい。

メニューを見ていて、
「1日20食限定 特別膳『東京物語膳』」2000円也。
これに、目がいった。

内容は、

[今まではお土産でしか食べられなかった「ヒレミンチかつ」・
「ひとくちかつ」・「串かつ」に「サラダ」・「ご飯」・
「お味噌汁」・「デザート」]

と、いうもの。

これはよいかもしれぬ。
聞いてみると、限定のせいか、終わり、と、いう。

残念。
じゃあ、と、しばらく考え、
串かつ定食、1900円也、に。

ここは「ヒレかつ専門店」を看板にしており、
基本的には、ヒレかつと、一口かつと、この串かつのみ。

串かつにしたのは、少し前から、食べたかったから。

さて。
先の『東京物語膳』。

これは、おわかりであろうか。
メニューのどこにも由来は書いていないが、
おそらく、小津安二郎監督の映画「東京物語」


から、と、想像される。

蓬莱屋、この店のホームページによれば、「大正初年、
松坂屋の南の横丁に屋台を出したのが始まり」とのこと。

今の場所に店を構えたのが、昭和三年。

小津監督がこの店にくるようになったのは、
監督の日記から、昭和八年、という。

それから、昭和三十八年、亡くなる直前に、入院されていた
病院にとんかつを届けるところまで、
小津監督の行き着け、の、とんかつやであったという。

蓬莱屋と、「東京物語」、小津監督とは、こういう、縁。

映画「東京物語」は私もなん度も観ている。
いや「東京物語」以外にも小津監督の作品は
ほとんど漏れなく観た。

日本映画史的にいえば、溝口健二、成瀬巳喜男、黒澤明
らと並んで、今もって、国際的な評価も高く、
「Shall we ダンス?」の周防正行監督をはじめ、
現代の映画監督の中でも敬愛する人は多い。
日本映画不世出の巨匠といってよかろう。

小津作品の中で、私が最も好きなのは、戦後、大映で撮り直した「浮草」。



若き頃の若尾文子が滅法かわいく、また色っぽいし、
中村鴈治郎もよい味、で、ある。

「東京物語」も、しかり、だが、小津監督の映画は、
よく、ワンカットの長回し、ほとんど事件らしい事件も起きず、
淡々と始まり、淡々と終わる、と、いわれる。
役者のセリフまわしも、棒読みといえるくらい、
極端に感情を抑えている。

笠智衆、原節子が二人、畳に座り、笠智衆があの声で、
思い出したように、ポツ、、、ポツ、、、と、言葉を発する、、、。
そんな感じ、が、小津作品、といってよいのかもしれぬ。

(そこへいくと「浮草」は全体のトーンは、
やはり淡々とはしているが、ある程度、ドラマが、
あるので、好きなのかもしれない。)

現代の目で観ると、なにがおもしろいのか、
とも、思われそうである。

芝居の演出論のようなところからいうと、
セリフにしても、演技にしても、画面にしても、
感情を抑える効果は、作品に余韻を与え、観客の
想像力を働かせる、といったらよいのであろうか。

小説、文学などでもこれは、よくいわれる。
池波先生などもそう。池波作品に出てくる食い物が
うまそうなのは、描写をしすぎない、ということ。
どこがどう、うまい、と書かずに、ただ、うまい、で
終わらせる。ただうまい、と、書けば、読者それぞれは
読者それぞれの、うまい、を、想像する。
そういうことなのであろう。

ある種、日本的な、作品手法、なのであろう。

そうとうな、余談になってしまった。

蓬莱屋、で、あった。

枝豆をつまみながら、ビールを呑んでいると、
串かつがきた。


串かつ四本。
看板のヒレかつもそうだが、串かつも濃い揚げ色。

串が抜いてあるのは、食べやすくてよい。

ソースをかけて、食う。

低温と高温二種類の油で、じっくり揚げて、この色。
そして、しっかりとした、衣。

この串かつもヒレ、なのであろう。
肉もうまいし、ほっかほか、の、あまい長ねぎが、また、うまい。

ビールを呑み終わり、とん汁で飯も食う。
キャベツもお代わり。

うまかった、うまかった。

勘定をして出る。

夜、軽く呑んで、とんかつで飯。
このコースは、本来の、上野御徒町らしいもの、なのかもしれぬ。





蓬莱屋

台東区上野3-28-5
03-3831-5783





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