断腸亭料理日記2010

鰯と鯖

8月13日(金)

さて。

モルジブから戻り、翌日。

この週末まで夏休みはつづく。

だいぶ髪が伸びていたので、11時頃、床屋へ出る。
仲御徒町のQB。

髪を切って、最初から考えていたのだが、
ラーメンを食いに、JR高架下のラーメン横丁へいく。

一週間でも日本を出ると、なにが食べたくなるかといえば
ラーメン。
モルジブのフォーシーズンズにも中華の麺はあるには
あったが、中華の汁麺と、日本のラーメンとは
また、別のもの、で、ある。

いつも混んでいる、蒙古タンメンがすいていたので
入ってみる。新宿の店には入ったことがあったが、
ここは初めて。
基本的には、唐辛子で真っ赤なラーメンの店。
暑いので、つけ麺(やっぱり辛い)にする。

食べて、吉池にまわる。

今年は秋刀魚が獲れない、と、いう。
なんでも、黒潮であったか、海流が蛇行しており、
秋刀魚の群れは、近海からはるか離れたところにいる、
らしい。

秋刀魚がどうしても食べたい。
値段が上がっても、食べたいという人がいるかも知れぬ。

私などは、そうは思わない。
獲れないのなら、無理して食べなければいい。
毎年食べているであろう。
一年ぐらい食べなくともなんということもない。
どうせ、なん回か食べて、毎年9月も中旬くらいには既に
飽きているではないか。

鰯でも、鯖でも安い魚を食べればいい。
まあ、簡単なことである。

と、いうことで、、。

秋刀魚のかわりなのであろうか、鰯は1匹、
100円を切った値段である。
それも大ぶりで、うまそう。

それから、鯖も。
産地違いで、いろいろ並んでいる。

松輪、の、ごま鯖、というのがあった。
700円。

松輪は、神奈川三浦半島だが、
東京近郊ではブランド鯖の産地。
もともと獲れるものも違うらしいが、
ここはあがってからの、扱いが他と異なっている。
ご存知の通り、鯖は生ぐされ、というくらい、
すぐに鮮度が落ちる。
そこで、松輪では、あがったらすぐに、一本一本、
別々の容器に入れて扱っている、という。

で、ごま鯖。
ごま鯖、というのは、今まであまり意識していなかったが、
普通の鯖よりも味は落ちると、この前、福岡の鮨やで、聞いた。
が、松輪産で、同じように扱っているのであれば、
うまいであろう。

700円は安くはないが、買ってみようか。

暑い御徒町の町に出て、自転車で走る。

モルジブへいっている間は、日本は意外に酷暑では
なかったようである。今日はどうなのであろうか。
モルジブから戻ると、東京はやはり、蒸し暑く、湿度が多いような
感じがする。

モルジブも、むろん涼しいことはなく、日が出ていれば
そうとうに暑く、また雨季なので、湿気も随分とあった。
しかし、東京と違うのは、風があること。
インド洋を渡ってくる風、、、。

帰宅し、さっそく、鰯から、さばく。

三枚におろし、皮を引き、刺身に切って、冷蔵庫へ入れておく。

鯖は、〆るので、鰯を食べる前に、仕事をしておく。

同じく、三枚におろす。
真鯖と、ごま鯖と、どう違うのか。
細かい黒い斑点がある、というが、並べてみなければ、
違いはよくわからない。

おろして、塩をし、ざるにのせておく。

鰯。
しょうがをおろす。


鮮度もよく、脂もあり、うまみが濃い。
やはり、こういうものが食べられると、
日本に、東京に帰ってきた、と、いう気がする。

こういうものは、世界中どこへいっても食べられない。

自分で作っているのだが、日本食、特に、
生の魚を扱う刺身というのは、特にそうである。

刺身で食える状態で、魚を流通させるというのは
鮨などの、日本食向けしかなかろう。

一昨年いったモロッコ、カサブランカなども
漁業は盛んで、魚も豊富に市場にあった。
しかし、私などには、ちょっと、目を覆いたくなるような
魚の状態。炎天下、特におおいもかけずに、日にさらし、
鯵が、かわいそうに、ぐだ〜、っとしていた。

日本、東京では、こんな安い鰯でも、刺身で食べられる状態で
流通させてくれている。まったく、ありがたいことである。

考えてみれば、やっぱり、これも文化である。
江戸の頃から、八丁櫓(はっちょうろ)などといって、
櫓の八本ある舟で、駿河焼津あたりからも、鮮度を落とさぬように
江戸まで大急ぎで、初鰹などを運んだ。

世界中でこんなことをしているところは、皆無であろう。
殿様のためではなく、一般市民のために、である。

魚の生食自体は、世界中どのくらいあるのか、
そう多くはなかろうが、なくはないだろう。

生魚を鮮度のいい状態で食べる、というのは、
日本中、海のそば、であれば、まったく普通のことである。
しかし、これだけでは、稀有な文化ではない。
大消費地に、無理をして、鮮度のいい状態で運ぶ、
ということ。これ自体が、特筆すべき文化なのである。

先の松輪の鯖の扱い方とて、その例であろう。
魚の鮮度に対する細やかな配慮、で、ある。
なぜ、こんなことをするのか。むろん、高く売れるから、
で、ある。

うまい魚を食いたい、という、江戸人からつづく、
の飽くなき欲求。
『うまい魚を食べるには金に糸目をつけない文化』
と、いってもよいのだろう。

毎度書いているが、むろん、この『うまい魚を食べるには
金に糸目をつけない文化』には、いろんな弊害がある。
世界中から魚を買い漁り、値段をつり上げ、
漁業資源を枯渇させ、叩かれてもいる。

世界に、迷惑をかけてはいけない。
文化だから、いいだろ!、とはいえない。
遠慮はしなければいけない。

ただ、我々の、江戸から続く文化なのだから、
迷惑のかからぬように、遠慮はして、でも、ちゃんと、
胸を張って、やればよい。

ともあれ。

鯖は、塩をして、今日は2時間半。
水洗い。よく拭き取って、一度、酢洗い。
もう一度、よく水気を拭き取り、ほんの少しの砂糖と
塩を入れた酢をつくり、漬ける。

漬ける時間は1時間もあればよい。
1時間程度であげて、ラップをしないで、冷蔵庫へ。
酢〆の魚は、できれば、あげてすぐ食べるのではなく、
1〜2時間は置き、落ち着かせた方がうまい。

食べたのは、夜。


なかなか、よい色、であろう。
ごま鯖ということだからか、脂はそう多くはないが、
うまみは十分。生ぐささもほとんどない。
結局、内儀(かみ)さんと一本全部食べてしまった。

さて。
残った、鰯は翌日フライにした。


鰯フライというのは、どうしてこうもうまいのか。

やっぱり、私は、鰯フライが食べられる幸せというものを
感じずにはいられない。

といった具合。
帰国し、あいもかわらぬ、断腸亭の休日、で、ある。







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