断腸亭料理日記2012

初芝居 その2

引き続き、1月4日の国立劇場の歌舞伎見物。

タイトルに初芝居、と書いているが、
「初芝居」という言葉は、正月の芝居興行のことで
俳句の季語でもある。

寄席の世界では、正月の興行を初席、という。

「初芝居」。
よい言葉である。

昨日は、国立劇場の正面入口から入ったところまで。

席は、1階。
12月にとったが、さすがに売り切れるのが早く、
舞台に向かって左後ろ。
花道には近いところ。

弁当とお茶、ビールを買って、座る。

さて。

演目は昨日「三人吉三巴白波」と書いた。
これは、通し狂言、というが、通しで演じられる。

12時開演で四幕七場、15時すぎまで。

歌舞伎というのは長い話が多く、
現代においては、ご存知の通り、人気のある場面だけが
演じられることが多く、原作通り、最初から
最後まで続けて演じられることはとても少ない。

この通し狂言は、国立劇場の開場45周年の
特別企画、ということではある。

主な配役は

お坊吉三:市川染五郎

和尚吉三:松本幸四郎

お嬢吉三:中村福助

土左衛門伝吉:松本錦吾

初演は幕末、安政7年 (1860年) 正月、江戸市村座。
この年の3月3日にご存知桜田門外の変で、
井伊大老が暗殺されているという騒々しい時勢。

あらすじや、各場の説明はやめよう。
ざっくり書くと、お坊、和尚、お嬢、と、
吉三の付く三人の泥棒、の登場する話。

昨日書いた、名ゼリフ
「月も朧に 白魚の 篝も霞む 春の宵・・
こいつぁ〜春から縁起がいい〜わえ」
は序幕、大川端庚申塚の場、お嬢吉三のもの。

お嬢吉三とは女装の泥棒。
通りすがりの夜鷹を脅して、小判で百両を巻上げ
大川(隅田川)へ突き落とす。
その後のセリフ、で、ある。

幕が開いて、比較的すぐにこのセリフが出てきた。
初見でもあり、こんなに早く出てくるのには、
びっくりしてしまった。

お嬢吉三を演じている中村福助は、女形。
つまり、女形が、女装の泥棒を演じる、という。
ちょっと、倒錯。
どっちなんだ、という感覚?。

歌舞伎の役者は、時に女性を演じたり、男性を演じたり、
という具合に、両方を演じる人もいるのだが、
女性を演じる女形を専門にしている人もいる。
坂東玉三郎などは、最も有名であろう。

今回の中村福助も女形専門で、まあ、当代では
ほぼNo.1といってよいのだろう。
私が今までに観た芝居のヒロイン(立女形)
の八割以上は、この人であった。

つまり、生身の人間としては男なのだが、
普段は男を演じることがない人。
その人が男を演じる(その上で女に化けるのだが)、
という、ちと、妙な感じ。
いや、この感覚は、倒錯した妖艶さ、というべきであろう。

役の上で女から男に変わるあとは、ただの男になるはずなのだが、
この部分、立役(たちやく、男役)専門の役者がやるよりも
そうとうにおもしろみがある。

中村福助が先の名ゼリフにかかると、
「待ってました、成駒屋」と福助の屋号の声がかかる。
この雰囲気もまた、よいもの、で、ある。

まあ、こんな感じで泥棒の話しとして、
芝居は進んでいくのだが、実際のストーリーはいわゆる、
親の因果が子に報い、可哀想なはこの子でござい、の、
昔の日本の物語によくある因果ものになっていく。

が、しかし、
が、しかし、なのである。

単なる、オドロオドロシイ、因果ものに
終わっていないのが「三人吉三」が名作たる所以である。

ご興味と機会があれば、芝居を是非見ていただきたい。
または、時間がなければ、私が去年読んだ
小林恭二氏の

『悪への招待状 ―幕末・黙阿弥歌舞伎の愉しみ』(集英社新書)



を読んでいただきたい。
ここでは「三人吉三」のストーリーを含めて、
わかりやすく、かつ、深く考察されている。

まず、この話は、泥棒が出てくるが勧善懲悪物語ではない。

善人も出てはくるが、キーになっている土左衛門伝吉をはじめ、
主人公の三人の泥棒は皆、そうとうな悪で、かつ、
それぞれに過去からの因果因縁でがんじがらめになっている。
であるが、最終的に彼らは皆、浄化されていく。
結果的に、悪い人間は一人もいなくなる。不思議な話。

小林恭二氏が書かれているのを私なりに噛み砕いてみる。
『因果というものは、欧米的にいえば、運命、ということであろう。
人はある意味、運命というものからは逃げられない。
かといって、この幕末期、それ以前、江戸の、近世人が信じていた
親の因果が子に報いというようなことは、さすがに、
皆、信じてはいない。運命は運命で受け入れしるかない、と悟っている。
そういう意味で、既に江戸民は個の確立した、近代人である』と。

池波先生も鬼平などでよく書かれているが、
人というものは、悪いことをしながら、よいことをする、
そういう生き物であると。
これも同じような人生観といってよいであろう。

幕末にこれだけの話が書かれている、というのは、
やはり、驚きに値するといえるだろう。
(やはり、幕末人は近代人である。これを背景に、
落語というものも生まれているのである。)

しかし、この話、そうとうに複雑な人間関係、
因果関係を扱っているのだが、通し狂言という、
間を端折らないで見ることができたのは、
ラッキーであった。
そのおかげで、先に書いたような、黙阿弥先生の語りたかった
ものをそのまま受け取ることができたといえよう。

さてさて。

そんなことで、15時すぎまで「三人吉三」。
その後は、もう1作。同じく黙阿弥の筆で「奴凧廓春風
(やっこだこさとのはるかぜ)」
1時間ほど。

こちらは、気楽なもの。

松本幸四郎、市川染五郎親子、さらに染五郎の6歳になる
長男松本金太郎の三代が出演。正月らしく、奴凧に見立てた、
染五郎の派手な宙乗りまで登場し、明るい舞台であった。

いわゆる大看板という、スターが多く出ているわけではないが、
二作品合わせて、とても正月らしくかつ、内容も濃く、
よい芝居であった。


P.S.

染五郎はなかなかよい役者である。
確か、観るのは初めてではなかったと思われるが、
今回は気合の入り方が違っていたのか、見た通り二枚目だが、
それだけでなく、思った以上に声も通り、存在感が違った。

今回のような、通し狂言を増やしてもらえないだろうか。
エンターテイメント性を追求し、人気のある場面だけを
ちょいちょいと演る今の興行方法では、作品性というものが
ちっとも伝わってこないと思うのである。





国立劇場










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