断腸亭料理日記2013

市川團十郎のこと その3

引き続いて、團十郎家の芸について。

私が気になっている、團十郎家の芸の特徴の一つである、
長セリフのことを考えている。

最初はやはり、厄払いのような、宗教的な意味を持って
長ゼリフがあったが、それが物売りの口上のようなものと
合体したり『外郎売』のように、口上そのものを取り込んだり、
と変化をしてきた。

そしてさらに、市川家の芸から離れて、幕末の黙阿弥になると、
七五調の美文調のものにもなっていった。

言い立て、などともいうが、この歌舞伎の長ゼリフ、
よくよく考えてみると、これは、なにも歌舞伎だけのものではない。

余談になるが、この手の、長ゼリフは、むしろ、
私のホームグラウンドの落語の方の得意技になる。

例えば、誰でも知っているところでは『寿限無』。
長い名前の「ジュゲム、ジュゲム、ゴコウのスリキレ、、」
というあれ。

あるいは『錦明竹(きんめいちく)』。
上方(かみがた)の古道具屋の使いが、わけのわからないことをいう、
という使われ方だが、

「わてなあ、中橋の加賀屋佐吉方から参じました。

へい。先途(せんど)、仲買の弥一が取り次ぎました、道具七品のうち、

祐乗、光乗、宗乗、三作の三所物。ならびに備前長船の則光、

四分一拵え、横谷宗?小柄付きの脇差なぁ、あの柄前、

旦那はんが古たがやといやはったが、あれ埋れ木やそうで、

木ぃ〜が違うておりますさかいなぁ、念のため、

ちょっとお断り申します、、」

あるいは。

啖呵(たんか)。

啖呵は歌舞伎でもあるが、落語では『大工調べ』
なんという噺が筆頭にこよう。
因業大家に対して、切れた棟梁が、長い啖呵を切る。

「なにお?!まるたんぼうたあ、なんだ?

あったりめぇじゃねえか。目も鼻も口もねえ、

のっぺらぼうみてえな野郎だから、まるたんぼう、っつたんだ。

トウスケ、トウジュウロウ、チンケイトウ、カブっかじり、芋っ掘りめ。

手前(てめえ)っちみてえな野郎に、頭ぁ下げるオ兄さんと

オ兄さんのできがちぃっとばかり違うんでぃ。なにぬかしゃがんでぃ。

さっきから黙って聞いてりゃぁ、いい気になりゃぁがって、ご託ぅすぎるぞ。

オウ。どこの町内のお蔭でそうやって大家だの膏薬だのンなったんでぃ。

手前のなぁ、氏素性をそっくりならべてやるから、びっくりして、

しゃっくり止めて、腰ぃ抜かして、座りしょんべんして、

馬鹿になんなー、オゥ!、、、」

また、こんなのもある。

吉原の噺だが『五人廻し』。
吉原のいわれ因縁を言い立てる。

「…そもそも、権現様ご入国の時代(じぶん)にゃぁ、

江戸に湯女(ゆな)ってぇのが、京都の六条河原からきたのが

麹町の八丁目に十四、五軒と、駿府の弥勒町からきたのが、

鎌倉河岸に十五、六軒、江戸土着のものが大橋、っつったって

手前(てめえ)にゃぁ判るめぇ、今の常盤橋のこった、、」

まあ、落語にも数多くの言い立てを含んだ噺がある。

が、これまたよくよく考えると、落語以外でも
講談の修羅場というやつ、これも近い。

修羅場というのは、張扇をパンパンと叩きながら
主として、戦いの場面を語る(講談ではヨムというが)
あれ。

修羅場などは、全編が“言い立て”と、いってよいのでは
なかろうか。

「〜頃は、元亀三年壬申(みずのえさる)年 十月十四日

甲陽の大将 武田大僧正信玄 七重のならしを整えて

その勢三万予騎を従えて、、、」『三方ヶ原軍記』

話すテンポ、リズムはそれぞれ違うが、
会話ではなく、淀みなく言葉を並べる、というのは
同じで、これによって、観る者、聴く者に、ある種の
感動を与える、というのは、同じである。

歌舞伎、落語、講談と“言い立て”というのは、
少なくとも三つの日本の芸能ジャンルに渡っている。

この三つは、ともに江戸時代に民衆の間で成立、発展したもので、
同じ話を共有してもいる、いわば兄弟の芸能でもある。

こうなってくると“言い立て”、というのは
そもそもなんなのか、ということを考えなければ
いけなくなってくる。

ここまでくると團十郎とは離れてしまうのだが、
せっかくの機会なので、もう少しだけ、私の考察に
お付き合いを願いたい。

今までみてきたように“言い立て”は芸、あるいは、
芸能なのだが、“物売りの口上”というものの隣にある。
逆に『外郎売』のように“物売りの口上”そのものを使っている
ものまである。

例えば、こんなもの。

「自棄のやんぱち、日焼けのなすび、色は黒くて、食付きたいが

私ぁ入れ歯で、歯が立たないよ(っときた)。

四谷赤坂麹町、ちょろちょろ流れる御茶ノ水、粋なねえちゃん立小便。

て(田)へしたもんだよカエルの小便、

見上げたもんだよ屋根屋のふんどし。

結構毛だらけ猫はいだらけ、尻のまわりはくそだらけ。」

ご存知、寅さんで有名な、啖呵売(タンカバイ)。
全編、洒落、言葉遊びであるが、これも物売りの口上からの
派生なのであろう。(寅さんの場合は、基本、七五調なのが
おもしろい。)

寅さんついでだが、映画『男はつらいよ』では、
“寅のアリア”と呼ばれる、寅さんの独白というのか、
一人語りの長ゼリフがある。

「ベルが鳴る、場内がスーッと暗くなるなぁ〜。

皆さん、たいへん長らくお待たせおばいたしました。

ただいまより歌姫リリー松岡ショーの開幕であります。

静かに緞帳が上がるよ。スポットライトがパーッと当たってね、

そこに真っ白(ちろ)けなドレスを着たリリーがすっと立ってる。

こらぁ〜いい女だよ〜ぉ、え〜。あらぁ、それでなくたって、

様子はいいしさ、目だってパチッとしているから

派手なんですよ、ね、、、」『寅次郎相合い傘』



“寅のアリア”はこれに限らず、山田洋二、渥美清の
『寅さん』シリーズの数多くの作品に入れられている。

むろん、内容は毎回違うのだが見せ場の一つである。

毎回同じ内容を寸分違(たが)わずいう“言い立て”とは
違うのだが、一人で、特徴的なリズムで長く語る、というのは
今までみてきたような日本の歌舞伎、講談、落語という
話す芸能の伝統を踏まえたものといってよいと思われる。
(むろん、山田監督はそれを意識して挿入されていると思われる。
これ、近いのは、やはり、落語。
落語には、妄想のようなものを、延々と一人で語る、
という様式がある。

「俺ンとこは、浅草門跡(もんぜき)裏、角(かど)に酒屋、あっから、

そっから、三軒目。腰障子(こししょうじ)にマルハチ

としてあるからわかるよ、てぇーと、女が来るよ、、

カラコン、カラコン、カラコン、カラコン、、カーラコーン!

頭のこの辺から声出して、「コーンバンハ!、コーンバンハ!、、」

『野晒し』

“寅のアリア”は、直接的にはこの様式を踏まえている。)

さらに、余談になってしまった。
“言い立て”であった。

“言い立て”は、内容は宗教的なものから、
物売りの口上、(喧嘩の)名乗り、啖呵、などなど、
多岐に渡るが、効果とすればいずれも、その作品を
盛り上げるものであり、近世以降の我国の話す芸能・芸術で、
一つの様式として、広く使われてきた。

つまり“言い立て”には、ある種の普遍性があった
ということである。

なぜか?。

長々書いてきて、申し訳ないのだが
残念ながら、今は結論は出ていない。

ただ、私個人としては、この“言い立て”が好きであること。
歌とも違い、聴いていてある種の心地よさがある。
それは必ずしも、黙阿弥の七五調でなくとも、やはり心地よく
聞こえるし、演じる側にまわっても、気持ちがよい。
じゃあ、なぜ気持ちがよいのか、、?。ここである。

この件はまた、改めて考えるとして、
明日、肝心の今回の主題、團十郎について、もう少しだけ
つづけてみたい。




  


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