断腸亭料理日記2013

餃子の王将・新橋駅前

+新橋のこと

7月2日(火)夜

朝、7時の新幹線で大阪。

午前中は大阪で打ち合わせ。とんぼ返りで12時半ののぞみで
品川まで戻り、東海道線の小田原の手前の取引先。
17時入りで、打ち合わせ。

19時近くに、東海道線に乗った。

帰りは、疲れたので、グリーンに。
東京まで1000円かからず、スイカが使え、ビールが飲めるのがよい。

戸塚あたりであったか、車窓から[餃子の王将]が見えた。

なにを食べようか考えていたのだが、無性に[王将]に寄ってみたくなった。

[餃子の王将]を知らない方はいなかろう。
名前の通り餃子が看板で、京都発祥の格安、
中華やのチェーン。

就職してすぐ明大前に住んでいた頃、よく食べたものである。
そう。[王将]といえば、学生向けというポジションであった。

最近、人気、なのか?。
わからないのだが、TVで取り上げられていたり、
行列になっているのを見かけたこともあった。

と、思い出したのが、新橋の高架下にある店。

あそこに寄ってみようか。
行列を見たのも、あの店であった。

若い男だけでなく、女の子も列に並んでいたので
驚いた記憶があった。

東京駅まで行くつもりであったが、新橋で降りる。

[王将]は烏森口を出て、高架沿いを左へいったところにある。

8時頃であるが、3〜4人の行列。
やはり、人気。

ここは(も、か)セットメニューが充実している。
店頭にも貼り出してあり、これを見ながら、餃子がついて
王将ラーメンと半チャーハンのセットというのに決めた。
(餃子が単品で200円台、このセットが800円くらいであったか。)

ここの餃子は安く、餃子とビールだけ、というのも
なんであるし、餃子セットというのは、餃子二人前に白飯の丼飯、
サラダ、という組み合わせだし、消去法でこれになった。

やはり回転は速い。
数分で入れた。
カウンター。

単品のメニューも見てみたが、やはりピンとこないので
ビールに、先の、ラーメンと半チャーハン、餃子のセットを
頼む。

私が入った後も、列は続き、また、持ち帰りもありで、
餃子を窓口で買って帰る人も、切れない。

やはり、大繁盛である。

ビールがきて、ラーメンと半チャーハンからきた。



王将ラーメンは一応とんこつしょうゆ味としてある。
味はまあ、それなり。

追っかけで餃子もきた。



伸びてしまうのでラーメンはどんどん食べて、
ビールを呑みながら、餃子もつまむ。

ラーメンにしてもチャーハンにしても、まあ、それなり
なのだが、さすがに、というべきか、餃子は、うまい。
昔食べていた頃から比べてもうまくなっているのではなかろうか。

これで200円台というのは、やはり、安かろう。

しかし、『なぜ、人は「餃子の王将」の行列に並ぶのか? 』
なんという本まで出ている。

安かろう、まずかろうではなく、餃子はうまく、
他のものも、それなりに食べられる。
また、外食激戦の中で、一人気を吐いている[王将]にはその他にも
その理由はあるのであろう。

ともあれ。
喰った喰った。

が、やはり食いすぎ。

行列はまだあるので、とっとと席をあける。

新橋の街に出て、帰宅すべく、銀座線に向かう。

話はまるっきり違うのだが、新橋という街に対しての
個人的なこと。

煉瓦造りのJR高架脇を歩きながら、考えた。

新橋という街は、サラリーマン、OL、のオアシス?。
やはりおもしろいし、奥の深い街である、ということ。

だから、新橋へきて、なにも[王将]に入らなくてもよかったのだが、
実のところ、私は表面ツラしか知らないのである。

むろん一人でも誰かとでも、なん度も来ている街だが、
改めて考えてみると、東京の盛り場で新橋というところは
(ほぼ)唯一、最寄の街であったことがなく、
いつまでたっても、私自身よそ者という意識が強い。

最寄というのは、仕事場なり、家や、使っている鉄道の行き帰りの
線上にある、という意味である。

ティーンエージの頃は、西武沿線に住んでいたので、
西武池袋線、新宿線、新宿から丸ノ内線、高校のある、
中野富士見町まで。これで、新宿、池袋は最寄であった。

また、明大前に住んだので、渋谷も最寄といってよかった
時期があった。

そして今は、浅草、上野が地元。
銀座線で、神田、日本橋、京橋、銀座あたりまでは、
一本で、そこそこのご近所感はある。

銀座からもう一駅だが、この差は大きく、新橋はちょっと遠いのである。
やはり、東京でも目ぼしい盛り場の一角であるが、新橋だけ
抜け落ちているのである。

新橋が最寄というのは、東海道線、京浜東北線を利用しているか、
新橋、銀座、汐留、虎の門、霞が関あたりが仕事場、という方であろう。

もっと新橋とお近付きになりたいが、仕事にしても、
自宅にしても、今後変わりそうもない。
残念ながら、ずっとこのままかもしれぬ。

 


 


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