断腸亭料理日記2013

13年鳥越祭その2

6月8日(土)

さて。

引き続き、鳥越祭。

土曜日の夕方、町内神輿の連合渡御が始まる。

神輿は、どこの町内もだいたい同じようなものだが、
担いでいない時には、右のテントのようなところに
置かれている。

これを、よっこらさっと、皆さんで引き出してくる。

最初に説明をしておくと、この皆さんは町内の祭組織である、
『睦(むつみ)』の主だった方々。

町内揃いの半纏ではなく、薄緑の揃いの着物で尻っぱしょり
をして、襷をかけている方々と町内の半纏に紫の片襷をかけている
方々と、いる。

着物方々の方が、役職としては上で役員さんといった
ところであろう。氏子各町皆、この役職の方々はこの同じ着物を
着ている。

右端に写っているのは、働いてくださる何人かいる
鳶(わ組)の若い衆。

正面が神酒所(みきしょ)でここが担ぎ始めの場所。

神輿があって、黒い担ぐ棒は別のパーツとして神輿に取り付けられている。

置かれている同じく黒い塗りの台は、ウマといっているもの。
われわれの町内では先のわ組の鳶の衆が、担ぎ初めに魔法のように
担ぎ手の間を縫って、運び出し、担いでいる間は、台車に載せて
神輿について運び、担ぎ終わりの時にまた人込みを縫って魔法のように
登場して、所定の位置に据え置く。

担ぐ棒は縦と横に縄で組まれている、その縄に、これもやはり鳶の方だが
締るように、水をかけているところ。

神輿はどっちが前でもよさそうだが、ちゃんと前後はある。
神輿のてっぺんに付いている鳳凰。
これが向いている方が前。
この写真では左が前。

高校生の太鼓が終わって、いよいよ連合渡御に向けて
担ぎ始める。

黄色い襷の方は『睦』の代表。
拍子木を持って神輿の前、台に乗って立つ。

後ろに控えているのもわ組の半纏を着た鳶の衆。
彼は、後ろから代表の身体を支える役割。

町内神輿ではそんなことは滅多にないが、
担ぎ初めには揉み合いになり、倒されてしまうことがある。

軽く代表の一言があって、手締め、拍子木、カン、カンと二回で
担ぎ初め。

連合渡御というのは、毎年のことだが、自分の町内から、
集合場所の通りへ向かう。

鳥越祭の氏子町内は北から南まで、全部で十八ヶ町ある。

なにかの記念で全町の神輿が集まって担ぐこともあるが、
通常は、われわれは北部といている、春日通りの北側、
主として、住居表示が元浅草の、八ヶ町。


八基の神輿が元浅草のとある四辻を中心に集まって、各町の役員さんと
高張提灯が四辻の真ん中に丸く集まる。


氏子総代さんなどの挨拶があり、全員で手締め。

再び、担ぎ初め。

ここからが連合渡御ということになる。
三社祭などでは、雷門だったり、仲見世の中を担ぐので派手であるが
この界隈、基本は元は職人町で、今は、そこにマンションと
オフィスビルが混在している、至って静かな、まあ、有体にいえば、
地味なところ。ギャラリーなどもなく、まあ、自己完結した
お祭りということになろうか。

まあ、本来、祭というのは、人のためではなく、
そこに住んでいる者達のもの。
文字通り、産土神(うぶすなかみ)様のお祭りであるから、それでなんら
不足はないのではあるが。

神輿は、サスというが、たまに景気を付けたり、他町の神酒所などの前で
ご挨拶として、持ち上げることがある。
うちの町内は、都立高校生も担いでいるので、ちょっと、締らない。
(サスというのは、古い江戸弁で持ち上げることをいったよう。)

一休みし、提灯に灯を入れる。


これが鳥越の夜祭という所以。
他の祭では、提灯をつけるところはないのではなかろうか。

再び、担ぎ初め。


なんだかんだ、だいぶ暗くなってきた。


もう一度、八ヶ町集合し、手締めをし、お別れ。
それぞれの町内へ帰っていく。
(高校生はここまで。よく頑張りました。)

この最後の場所が、新堀通り(合羽橋通り)を渡った、寿一丁目で
最も東。

ここから、われわれの町内は西の端なので、最も遠い。
暗い夜道で、ギャラリーも他町の神輿もなく、孤独な暗夜行路。
なんとなく、不思議な光景ではある。

やっと戻ってきた。神酒所前で、最後の力を振り絞って、サス!。


お疲れ様でした。


21時ぐらいにはなっていたか。
しかし、われらが祭。よいもんである。

明日は、千貫神輿などというが、巨大な鳥越神社の
宮神輿(本社神輿)の渡御となる。





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