断腸亭料理日記2013

野晒し その11

引き続き、断腸亭フィクションシリーズ。


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前回

  十

 さて。

 嫌がらせをした料理屋と、なると向島の目明し、九蔵だ。九蔵にあたってみる

のが最も適切であろう。

 柳治はまだ日のあるうちにと、その足で吾妻橋を渡り九蔵の住む小梅瓦町へ向

かった。

 ここは現代の東京スカイツリーのすぐ下の町である。当時のこの界隈はまだ、

町名通り瓦を焼く家がある。

 九蔵の家は、近所で聞くとすぐにわかった。場所柄、小さな茶店を内儀(かみ)

さんにやらせている。

 店にはちょうど客はいない。九蔵のお内儀(かみ)さんが流しで洗い物をし

ており、奥を覗くと折よく、九蔵も家にいた。

「親分、ごめん下せえやし」

 声を掛ける。

「お前さん、お客さんだよ」

「お、お前さんは、柳治さんっていったっけ」

「はい」

 手下の十吉は見えないようである。九蔵も柳治の実の兄が北町の与力である

という素性を聞いており、顔を見ると、ちょいとした愛想笑いのようなものを

浮かべながら、

「まあ、まあ、こっちあがって」

「はい、それじゃあ、ごめんなすって」

九蔵のお内儀さんに会釈をして、茶店の奥へ上がる。

「[大七]のこってすかい」

「はい。あっしもまあ、関わり合ったなりゆきで、なんといっても、ところの

こってすから、親分にご挨拶、と存じましてね」

「いやいや、柳治さんにそんな風にいわれると困っちまうが、まあ、縄張り内

のこったからね」

「はい。

 で、さっそくですが、これ、商売敵が[大七]さんの評判を落とそうって嫌

がらせじゃねえかって」

「ああ、同業の嫌がらせね。

 俺もね、老舗じゃあなくて、このあたりじゃ新顔の[小がわ]と[難波屋]

ってのは頭にあってね。

 まず[小がわ]の方だが、こっちは白だね」

「ほう、またなんで」

「あすこの主人はね、俺も昔からよく知ってるんだ。東両国の料理屋[青柳]

な、お前さんも知ってるだろ」

「はい。有名どころですね」

「ああ。[小がわ]の主人は[青柳]の板前を若い時分からやってたんだよ。

で、[青柳]の旦那に見込まれて、名前は違うが、暖簾分けしてもらったのが

[小がわ]なんだ。親の看板に泥を塗るような、まさか、そんなことはしねえ

だろう。

 確かに、ここんところ少し客は少なくなっていたようだがね。

だけどもよう、この春は花見客を当て込んで“花見弁当”って手頃な折(おり)

を出してな、売れてたようだ」

「なるほど。“花見弁当”ですか。そりゃあ、思い付きだ。

 じゃあ、親分は[難波屋]の方が」

「そう。あすこはどうも、くせえ。

 難波屋ってくれえで、主人も板前も向こうからきた者(もん)で、あっちの

料理を出す。江戸もんには珍しいんで、最初は客もきたが、薄味だからね、

江戸の客相手にはそうそう続かねえ。

 でもよう、同業の付き合いなんかは形通りしてるようだし、俺んとこへも、

挨拶はまあ、それなりにしにくるが、どうも底が知れねえと思ってはいたんだ。

 だがまあ、それだけだ。俺もこの件があってから、[難波屋]はそれとなく

は見てはいるんだが、今んとこ、これってもんがあるわけじゃあ、ねえ。

 なんにもねえのに、踏み込むわけにもいくめえ」

「そうですねぇ」

「あ、そうだ。それから、三度目の骨のことだ。

[大七]の忠兵衛さんとも話してたんだが、最初の骨から二度目の骨まで十五

日。もう一つあるってえと、十五日後じゃあねえかってね。

 へんな坊主を使っていわせてるくれえだから、きっちり守ってまた十五日後

に、骨を置きにくるんじゃねえかって」

「それを張っておく」

「うん。今んとこ、それだけだなぁ」

 柳治は[難波屋]とはどんな家なのか。いってみよう、と考えた。

「親分、ありがとうござんした。

 [難波屋]は客のふりでもしてあっしも覗いてみましょう」

「そうかい。お。お前さん腹は減ってねえかい。

 商売もんだがそばでも一杯食ってくかい」

「ありがとうございます。さっき、ご贔屓にご馳走になって」

「そうかい、芸人はいいなぁ」

「じゃあ、親分また。お内儀さんもごめんなすって」

「おかまいもしませんで」

「おお、またな」






つづく



 




   


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