断腸亭料理日記2013

歌舞伎座十月大歌舞伎

通し狂言義経千本桜 その2

引き続き「義経千本桜」通し。

初演は歌舞伎ではなく、文楽。
いわゆる人形浄瑠璃、である。

人形浄瑠璃での初演は1748年(延享4年)、大坂竹本座。
歌舞伎になったのは翌年、伊勢で。
だが、さらにすぐ翌年に江戸中村座にかけられている。
作は、二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳、三人の合作。

1748年というのはいつ頃かというと、江戸時代264年間の
ほぼ真ん中。中期ということになろうか。

将軍は家重で、父の吉宗はまだ在世で、吉宗政権末期と
いってよい頃。

田沼時代まではあと10年と少し。

歌舞伎には丸本物(まるほんもの)といって、人形浄瑠璃から
移されたものがあるが、その代表作の一つ。

三大丸本物といわれているのが、かの「仮名手本忠臣蔵」、
それから「菅原伝授手習鑑」と、この「義経千本桜」という。

今回調べてわかったのだが、この3本、ほぼ同じ時期に
初演されている。

最初が「菅原」で「義経千本桜」の2年前。
「忠臣蔵」は「千本桜」となんと同じ年。

と、いうことは、、作も同じ、先の三人の合作?。
確認したら、その通り!。

知らなかった。
ちょっとびっくり。

知っている人は当たり前のこと、なのであろうが、
現代において、三大浄瑠璃狂言といわれている
「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」が
皆、同じ頃の同じ作者によって作られているということ。
まあ、当然、偶然ではないのであろう。

さて。

一幕目が開いた。「稲荷前」。

浄瑠璃でいうところの二段目の口、伏見稲荷の段。
伏見稲荷の赤い大きな鳥居の前。
それで歌舞伎では通称「稲荷前」というよう。

背景は一面の花。
"千本桜"なので桜かと思ったら、これは梅だそうな。

だが、いずれにしても華やかな幕開き。

上手中央に義経と、後ろに義経の四天王、亀井、片岡、伊勢、駿河が控える。

下手側に静御前。

(どうでもよいが、義経の四天王というのは、落語にも出てくるが、
少し前の日本人はみんな知っていた。並べる順番も語呂がよいのだろう、
この通りに決まっていた。他に、いろんな英雄に四天王があって、
家康の四天王は、酒井、榊原、井伊、本多。これにはっつぁんは、例によって
混ぜっ返し、じゃあ、貝の四天王、浅利、赤貝、馬鹿、青柳、と。
語呂が大事なのである。)

義経は菊之助。
静は若手中村梅枝。

例によって、筋を書くのはやめる。

この後、佐藤忠信(実は)源九郎狐、松緑が登場し、
立ち回り、荒事になり、忠信が狐六方(きつねろっぽう)で
花道から引っ込んで幕。

六方というのは「勧進帳」で弁慶が花道から引っ込むときに
片足でケンケンをしているように、トントンと前に進むあれ。

忠信が狐のふりを入れた、変わった六方を、狐六方というようで
なかなか珍しいもの。

江戸の頃のこの幕「鳥居前」の浮世絵を二枚。

 


幕末の安政3年(1856年)江戸市村座、豊国画。

左が、静、四代目尾上菊五郎、右、忠信が四代目市川小団次。

この幕は私も以前観ているが、歌舞伎で「義経千本桜」を
演る場合は、この幕はよく取り上げられ、通しの場合は
今日のように、最初の幕となることが多いようである。

人形浄瑠璃では二段目というくらいで、ここが始めではない。

この幕のポイントは、忠信の荒事ということになろう。

荒事、というのは歌舞伎ならではのもので、
顔に恐い顔の隈取(くまどり)をして、派手に暴れまわる
というお馴染みのもの。
そもそもは初代と二代目の團十郎が作り出したものである。
(時代的には、この「義経千本桜」の初演よりも前。)

いわば人間を超越したスーパーマンでバッタバッタと
敵をなぎ倒すので江戸の観客には人気になり、
江戸歌舞伎を代表する一つの様式となった。

つまり人形浄瑠璃から歌舞伎になって付け加えられた演出
ということである。

今回のこの幕はいわゆる幹部級の役者はなしで、
若手、花形クラスで、菊之助、梅枝、松緑。

松緑は「鳥居前」の忠信は三度目のようで無難なところ、
なのであろう。

さて。

この幕のキーである"佐藤忠信(実は)源九郎狐"、つまり、狐が義経の
家来である、忠信に化けている、というのが「義経千本桜」に通底する
一つの線になっている。だが、この幕だけ観たのでは
作者の意図した、おもしろみ、眼目、テーマはほとんどわからない。

今日の通しでは大詰(最終幕)になる「川連法眼館の場」で
落ちが付くことになる。

解説を聞いたり、読んだりすれば設定はわかるが、この幕だけを観ただけでは、
で、なんだよ?(なにがいいたいのだ)という疑問だけが
残るだけなのである。

やはりこれが、通しで観なければ、というものの一つ、で、
歌舞伎トウシロウ観客としては、通し狂言をできるだけ
演ってほしいと願う所以(ゆえん)、で、ある。

ここで、30分の休み。

お待ちかね、木挽町[辨松]の弁当、で、ある。

ビールを開けて、食べる。



江戸の生麩、つとぶ。
蒲鉾に椎茸、牛蒡、蒟蒻などの煮物。
味はすべて甘辛煮。

豆きんとん、奈良漬、葉唐辛子の佃煮。
どれも江戸、東京の味、で、ある。

[弁松]でも日本橋本店の方は、そうとうに濃い味だが、
こちらの方は、現代人としては食べやすい甘辛である。

白飯に黒胡麻。

歌舞伎の幕の内弁当は、やはり[辨松]に限る。




つづく。







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