断腸亭料理日記2014

浅草並木藪蕎麦

11月25日(火)夜

例によって、栃木からスペーシアで浅草まで
帰ってきた。

なにを食べようか。

寒くなってきたので[藪蕎麦]で、一本だけつけてもらって、温かいそばか。

7時すぎ。

浅草も、もう真っ暗。
冷たい雨が降っている。

東武の浅草から出て馬道通りを渡る。
神谷バーの角を右に曲がり、雷門通りも渡り、右。

雷門前の浅草観光センターの角を左。

雨だからか、この時刻ではもう観光客も少ない。

並木通りを歩き、
信号を向こう側に渡る。

雷門前は明るいが、信号一つ離れたこのあたりは大きな店舗もなく、
薄暗い街並みに、ほっと並木藪の灯りが浮いて見える。

並木通りというのは、雷門の正面でありながら
藪蕎麦以外には、これという店があまりない。

明治時代の地図を見ると、この通りには
今のデニーズのあたりに[大金亭][並木亭]と
二軒の寄席があり、もう少し先に牛豚鶏料理[快養軒]なんという
料理や、あるいは[浅草銀行]なんという銀行の名前も見え、
今よりもなんというのか、華があったようである。

以前の浅草を考えると、徒歩やせいぜい人力車で
南側、蔵前の方から人が流れてきていたところが、
地下鉄銀座線や東武ができ、人の流れが駅を中心にして
観音様方向のみに変わったということが、
この通りの様子を変えていったのかもしれない。

いずれにしても、これだけ外人観光客も増えている
雷門門前である。もう少しそれらしい店があっても
よいのかもしれない。

さて。

[藪蕎麦]の暖簾を分け、格子を開ける。

お姐さんに一人、と指を一本出す。

右側のテーブル席は埋まっているが、
なぜか座敷の方は誰も座っていない。

なにかいつも夜くるとこんな感じである。
座敷に上がり、真ん中奥のお膳に
窓を背にして胡坐をかいて座る。

座るとお姐さんが新聞を二紙、朝日と
スポーツ紙をお膳の上に置いてくれる。

お酒、お燗を頼み、スポーツ紙を広げて
眺める。

お酒がきた。


温かい蕎麦を、と思ってきたが、
鴨なんにしようか。

鴨なんは最近の私のテーマである。

お酒。


一合徳利の袴が白木の一合桝で、
「並木やぶ」と焼印が押してある。

この「や」の次の「め」のような字は読めぬと思うが
現代のひらがなでは「ぶ」。
今は使わなくなった「婦」をくずしたものに
濁音を打っている変体仮名である。

この白木の桝は華奢(きゃしゃ)な造りで、
実際に桝として使うものではなく、
このために作らせているのであろう。

この店から別れた池之端の[藪蕎麦]は同じ一合桝でも
塗りのものを使っている。
ここは昔から変わらず同じものを作り直して
使っているのだと思う。この他、店の内装なども
改築をしても、以前のままに新しくしている。

老舗でも鉄筋コンクリートのビルに、
今風の内装にしてしまうのが当たり前だが、
以前のまま変えない、という見識には
頭が下がる。

鴨なんがきた。


ここの温かいそばの丼は小ぶりである。

脂身のついた大きくて分厚い鴨肉が三枚。

つくねに、もう一つ鴨の脂身。

ねぎは大きく切ってあるが、焼きねぎではない。

菊正の杉香りがついた樽酒を呑みながら
鴨をつまみ、蕎麦をたぐる。

鴨肉は分厚いが、赤身の残った半生。
大きいので食べでがある。

ねぎがまた、うまい。

食べていると、お姐さんが蕎麦湯を運んでくる。

東京でも冷たい蕎麦にだけ蕎麦湯を
出すのが普通だがここは温かいそばにも
持ってくる。

この店のもりそばのつゆはおそらく、東京一
いや、日本一辛いが、かけの方も辛いことは辛いが
この界隈下町の蕎麦やと同程度だと思われる。
それで私には慣れた味である。

つゆもすすりながら、食べる。

せっかくなので、飲み干す前に、
ちょっとだけ蕎麦湯を入れて、飲む。

うまかった。

一本の燗酒と、うまい鴨なんで、
すっかり暖かくなった。

勘定をして、立つ。

「ご馳走様でした」。

「ありがとうございますぅ〜」

の声を背に格子を開け、雨の浅草の街に出る。




03-3841-1340
台東区雷門2丁目11−9



 


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