断腸亭料理日記2015

蕎麦・神田まつや

1月4日(日)夕

16時、半蔵門。
歌舞伎がはねて、さて、どうしようか。

どこかにちょいと寄って行こうか。

芝居の合間に、なんだかんだ食べてしまったので
蕎麦ぐらいがよいだろう。

いつもの帰り道、神田須田町の[まつや]にしよう。

正月も毎度のことながら、ずっと寝正月。

着物にトンビのコート、雪駄履きだが、ちょっと歩こうか。

あまり歩いたことがない半蔵門から九段方向への内濠沿い。

こんな正月で寒い中だが、走っている人も少なくない。
しかし、我々のようにただ歩いている人は数えるほど。

半蔵門というのは、いつ頃までなのかよくわからぬが
少なくとも明治の頃は一般の通行もできたと聞いたことがある。

濠を渡り半蔵門を入る。すぐに左に曲がり内濠沿いに
千鳥ヶ淵の内側を通り、今の武道館などがある北の丸公園の南をかすめ、
竹橋までで、ある。
九段坂を通らずに麹町方面から神田方面へ行く近道になる。

当時も皇居側には塀があったのであろうが、
今は内濠のすぐそばには塀があって、その内側の皇居は
見ることはできない。

ここの内濠は、半蔵濠。
英国大使館を左にみて、右に曲がり千鳥ヶ淵沿いに歩く。

桜花の頃には人であふれかえるが、ここはランナーすら通らない、
冬枯れで寂しい遊歩道である。

靖国通りに出て、九段坂を降りる。
ここから、須田町まではまだまだある。
もうよい。運動はここまでで、タクシーに乗ってしまおう。

靖国通りを真っ直ぐにいって、須田町で降りる。

[まつや]には大晦日に年越し用の生蕎麦を
買いにきたのであった。

正月四日、午後5時前。
入口の格子前には、2〜3人待っている人がいる。

5分も待たずに、すぐに入れた。

むろん、相席。

正月休みの今日などはきっと開店から閉店まで
ずっとこんな感じなのであろう。
呑む人も多そうである。

お姐さん達がいそがしく立ち働いている。

席は出口のすぐそば。

さすがに寒いのでビールではなく、お酒を燗で、2本。


肴は、天ぬきとさしみ湯葉を頼む。

天ぬきというのは天ぷらそばのそば抜き。
つまり、温かいかけのつゆに天ぷらが浮いているもの。

冬の蕎麦やの酒の肴は、私の場合かなりの割合が
天ぬきである。
毎度書いているが、浅草の並木[藪]はあの濃いつゆに
芝海老のかき揚げだがこれが気に入り、
どこでも天ぬきになってしまった。

ここのものはかき揚げではなく、大きな海老天が二本。
飾りにしばった蒲鉾がちょいとよい。

東京下町の老舗蕎麦やでも、藪系はかき揚げだが、
他は海老天の方が多いのではなかろうか。

どちらにしても、このつゆにひたった天ぷら、
主として衣とつゆを肴に酒を呑む。
これは堪らない。

一方、待っていたのだが、さしみ湯葉が、こない。
お姐さんも忙しそうで、かわりに焼鳥が運ばれたり、
取っ散らかっているようである。

酒もあらかた呑んでしまった。

もういいだろう。
こない湯葉のクレームをするのはやめた。

蕎麦を頼もう。
もりを一枚ずつ。

暮れに自分で茹でたここの生蕎麦よりも
店のものの方が明らかに細いようである。

素人が茹でるにはやはり細いものは難しいだろう
という配慮であろうか。

つゆはちょい甘めだが、やっぱり濃いめ。
ここもやはり、東京下町のテリトリーであろうか。

うまかった。

お勘定。

私はもうどちらでもよかったのだが、
内儀(かみ)さんが明細を要求。

やっぱり、出なかった湯葉が入っていたよう。
引いた分を払う。

お姐さんは、申し訳ございませんというので、詫びに
そば味噌を持ってきた。

かえって、すまないことをしてしまったかもしれない。

こんな忙しい時期では、仕方のないことである。

本来、この店は、庶民的であり老舗でございますという
敷居の高い客あしらいとは無縁で、かつ、こちらが恐縮してしまうくらい
行き届いた配慮をしてくれることもある。
今時、希少な蕎麦や。


ご馳走様でした。
今年も宜しくお願いします。



 


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