断腸亭料理日記2015

上野の街・考(上野・とんかつ・井泉)

6月16日(火)夜

今日は、上野のとんかつや[井泉]で、
とんかつを食べて帰ることにした。

関東圏の方はご覧になったことがあると思うのだが、
東京メトロのCMシリーズ「Find my Tokyo.」
今やっているものは上野が舞台で、この店が出てくる。


「上野には初めてがある」というキャッチ。

初めてカツサンドを売り出した店というので
この店の白木のカウンターで堀北真希ちゃんが
カツサンドを食べている。

公園(上野公園)、動物園(上野動物園)、地下鉄(銀座線)etc.
皆、上野が日本初。

むろん、間違ってはいないし、上野を「日本初めてがある街」として
とらえるのは正解であろう。

自分ならば上野という街をどうとらえるのか、考えてみたくなったのである。

私は2007年に「とんかつ史?考察」というのを書いていた。

とんかつというのも上野発祥などともいわれている。

実際のところは、明治の終わり頃、上野だけでなく東京の複数の盛り場で、
洋食やのメニューであったカツレツだけを扱う店が現れ、とんかつやになった。
ただ、なぜかそういう店が上野に多くあった。
こういうことであろう、と考えている。

「とんかつ考察」では、なぜ上野であったのか、から、
上野というのはどんな街であったのか考えている。

結論としては当時、浅草、銀座、日本橋などの他の盛り場と比べ
「安直」または「カジュアル」という言葉があてはまる、と書いている。

この原因は、明治16年に開業した上野駅によるものであろう
というのが、私の推測。

ご存知のとおり上野駅はこの明治16年から長い間、
東北日本に向けた東京の玄関で、北関東、新潟、東北、北海道の
人々が東京に最初に降り立つ街であった。

江戸の頃はというと、幕府の菩提寺でもあり宗教上の重要な
幕府の出先機関ともいえる、東叡山寛永寺の門前町であり、風光明媚な
不忍池もあり、広小路は小屋掛けの芝居なども立つ盛り場でありまた、
呉服屋、高級小間物屋、料理屋などが軒を連ねる江戸でもそこそこの格のある
商業地であったと思われる。(上野の坊さんを客にする“岡場所”も
少なくなかった模様。)

こういった要素が明治以降、先に述べた上野駅の開業によって、
東北日本に開かれた、種々雑多な人々の街になっていった。

つまり、色々な人々を受け入れる街になっていったのだと
考えているのである。
これを「安直」「カジュアル」という言葉で言い表している。

そして、戦後は有楽町、新橋などと同様に闇市からスタートするが
上野は海外の人々も受け入れる街になっていった。

宝飾関係の闇市から、インドの人々が集まり、韓国朝鮮の人々、
一時期は、テレカを売るイランの人々が大集結した。
そして、今のアメ横は、東南アジアから南アジア、アラブあたりまで
広くアジアの人々が集まる街になっている。

一方で、上野の隣には東大、芸大というアカデミアとアートの
我が国での最高峰の大学が明治の頃からあったわけである。

それで、漱石、鴎外などの作品を読むと、ちょっとお洒落だったり、
インテリジェンスな香りも例えば、明治の頃はあったのだと
思われる。

しかし、まあ、そんな香りも外から流入する種々雑多な人々の
勢いには勝てなかった。そんなところなのであろう。

また、こんな側面もある。

今日の[井泉]などもその名残ではあるが、
大正から昭和初期を頂点に、この上野も天神下付近は、
芸者さんのいるいわゆる花街ではあった。
規模としては、東京でも大きい方ではあったようだが、
格としては、やはり、そう高くはなく、安直、カジュアル。
そしてこの花街は、戦後にはほどなく下火になり、今の
天神下界隈のクラブ街、ホテル街になっていった。

以上が、現代の上野の街のたどってきた歴史だと思われる。

東京であって、東京でない。

北東日本から、アジアに広く開かれた街。

そう。上野にもう一つ加えると、生活の匂いが濃厚な街。
これはあろう。

外国人の多い盛り場というと、上野以外でも、例えば六本木、麻布、
あるいは新宿(歌舞伎町)などもその例になろう。
しかし、どちらもあまり生活のにおいはしなかろう。

アメ横というのがその中心だが、彼らの生活の匂いが
満ち満ちている。

観光にきている外国人もむろん少なくないが、東京在住の
アジアの人々の街。

まさにカオス。

自由自在、縦横無尽、フレキシブルな街。

ただ、意外にコンパクト。
丸井裏、アメ横、上野仲通り、御徒町、池之端、
天神下などを加えても、東京の盛り場の中では、小さい方
であろう。

そして、そのせいもあろう。
ごく稀に暴力団の拳銃事件などがあったような気もするが
そうそう危ない街ではないのではなかろうか。

私は、こんな上野はむろん、嫌いではない。

といったところで[井泉]。

堀北真希ちゃんが座っていたカウンターと直角の位置の端っこ、
カツを揚げている目の前に座り、瓶ビール一本と、
きゅうりとかにのサラダ。


これは、きゅうりのコールスローのようなちょっと他にはないもの。
ここでは食べるべきものであろう。

そして、特ロースかつ。


箸で切れる、というのがこの家のキャッチコピーで肉自体も
むろんうまいのだが、私はここの衣が好きである。

香りがよく、かなりのサクサク。

そして、ここもカジュアル。

でもチャンとしている。

よいとんかつやである。


井泉本店

文京区湯島3-40−3
TEL 03-3834-2901
   




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