断腸亭料理日記2016

中村芝翫襲名披露・十月大歌舞伎 その3

引き続き、歌舞伎座、中村芝翫襲名披露。
一幕目の「外郎売(ういろううり)」について書いている。

外郎という薬を売る商人の口上が芝居になっているのだが、
これを“言い立て”ということ。落語にも言い立ては多くあること。
同じ話芸でも講談ではリズムよく戦いの場面を語る、
“修羅場”というのがそれにあたるのであろう、ということ。

そして、この“言い立て”というのは、なんなのか、
である。

似たようなものをもう一つ。

これはもう、口上そのものだが「男はつらいよ」の寅さん、で、ある。

寅さんは香具師(やし)であるが、彼が語る口上はお馴染みである。

「やけのヤンパチ、日焼けのなすび、色は黒くて食いつきたいが、

あたしゃ入れ歯で、歯が立たないよ、ときた。・・・」

皆さんも、耳に残っていることであろう。
これは口上という形を取っているが
やはりこれもある種の芸、もしくは芸能といってよい。

歌舞伎、落語の言い立て、講談の修羅場などと
こうした香具師の口上というのも、基本は同じ種類のものである。

ここまでくると、もうご理解いただけると思うが、
芝居を含めた日本の話芸には欠かせないものなのである。

唄でもなく、言葉だけだが、遊びがあり、ある種のリズムがある、
言葉のツラネ、というのが、共通する要素でもある。

寅さんの口上は、七、七、七、、、と七音が続く。

歌舞伎ではこのリズムがもっと洗練され、

「月も朧(おぼろ)に白魚の篝(かがり)も霞む春の空、

冷てえ風も微酔(ほろよい)に・・・」「三人吉三」

「幼児(がき)の頃から 手癖が悪く 抜参りから ぐれ出して

旅を稼ぎに 西国を 廻って首尾も 吉野山・・・」「白波五人男」

黙阿弥などの流れるような七五調になっていく。

これらは皆、歌舞伎にしても、落語、講談にしても見せ場、
聞かせどころである。
観客も知っていて、待っている。
役者や演者は一段と声を張って、言葉を発する。
地の他の台詞とは明確に異なっている。

言葉遊びと、リズムがあって、ある程度の長さを持っている。

歌舞伎、講談、落語など江戸の頃に発展した
言葉を発する伝統芸能の重要な一要素といってよろしかろう。

これは、我々の使っている日本語というものに合った
表現手法で、聞いて心地よく、愉しい。

「外郎売」というのは最初に書いたように、
江戸も中盤の享保の頃で、二代目市川團十郎による初演。
江戸歌舞伎としてはまだまだ初期の頃。

幕末の黙阿弥作品などと比べると
まだまだ素朴なものであるといえよう。

さて。この件、みてきたように物売りの口上だったり、
啖呵など様々な内容がある。このあたり類型化、
変遷など、個人的にはもう少し考えてみたいのだが、
今回は芝翫襲名披露である。このあたりでやめにして、
次の機会にしよう。

そして、もう一つ。

この「外郎売」の主演である松緑のこと。
わたしのようなまだまだ歌舞伎入門者には、
なぜ中村芝翫の襲名披露に、尾上松緑が一幕の
主役を務めるのか、これが大いなる疑問なのである。

中村芝翫は成駒屋、尾上松緑は音羽屋。
一門が違うのである。

歌舞伎の世界では、家、一門というのが大きな意味を
持っている。例えば、市川團十郎を主(あるじ)とする
一門の成田屋。あるいは、成田屋に並び立つ、
尾上菊五郎を主とする、音羽屋。
成駒屋は今回襲名の芝翫、さらに中村歌右衛門の二つの名前が
大看板、一門の主の名前といってよいようである。

記念すべき成駒屋の親方格の襲名芝居に音羽屋の松緑が
重要な役で出演する意味はなんなのか、このことである。

そして、さらにもう一つわからないことがある。

音羽屋である松緑が、市川團十郎家、成田屋の家の芸である
歌舞伎十八番の「外郎売」を演る。
(それも、これが初演ではなく、もうなん回も演じている。)
このわけ、で、ある。

この一幕には、成駒屋、音羽屋、成田屋、三つの家、一門が
関係しているわけであるがまったく奇々怪々ではないか。

ご通家の皆様には当然のこと、なのかもしれぬが。
イヤホンガイドだったり、プログラムでも実のところ、
なぜかきちんと説明されてもいないようであった。
これも不思議といえば、不思議。

調べてみた。

答えの一つは意外にすぐにわかった。
ただ、説明するのはちとめんどうくさい。

成田屋の市川團十郎家、音羽屋の尾上菊五郎家、
成駒屋の中村歌右衛門・芝翫家は、どれも江戸の頃からの
家であり、一門である。

それぞれの家には、先ほどから書いている通り、
主人、親方にあたるNo.1の名前(名跡)がある。
また、それぞれの家には、芸風、もっと強い表現になるが
お家芸、得意とする芸(芝居の演目、個別の役)がある。
これは、名役者といわれる人が出てその人の当たり役が
出来上がる。そして、その子供、後継者もその演目の
その役を継承する。こういうことを繰り返して、
お家芸が定着していった。

各一門、強弱はあるが、お家芸、色は定まっている。
なかでも成田屋は、幕末の七代目團十郎が歌舞伎十八番
というのを定めこの演目は市川宗家の専売特許で、
他の一門は演ってはいけない、という方針を
出したのである。これは当然、他の家、一門に対して
差別化し、成田屋の権威を高めるという意図であった。

とまあ、ここまでは原則。

明治以降、この原則の例外のようなものが生まれてきた
というわけなのである。

その原因は、血縁関係である。
ある家に、子供がなければ、有望な弟子を養子にする。
あるいは有力な役者の子供を小さい頃に養子として
もらい受け、育て、教育し継がせる。
こういうことが行われてきたのである。

市川團十郎の弟子で門閥関係にないある有能な役者がいた。
その長男が市川團十郎家(成田屋)、三男が尾上菊五郎家
(音羽屋)にそれぞれ分かれて入り團十郎、松緑の名を継ぎ、
次男は父の名の幸四郎を継いでいるのである。
(この幸四郎が当代幸四郎、吉右衛門の父、白鸚である。)

つまり、一門をクロスオーバーして実の血縁関係が
できているのである。それで、兄、弟の関係で、
團十郎家のお家芸も音羽屋の尾上松緑も演じるということが
起こってくるのである。
(ご通家の方、合っていようか。)



つづく

ウィキペディアより





九代目市川團十郎の虎屋東吉(鳥居忠清画)
ウィキペディアより



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