断腸亭料理日記2017

好きな店

前号で「うまいもの、まずいもの」というのを書いた。

結局、書きたかったのは、今日の表題である
「好きな店」であった。

前号で、べら棒にうまいもの(店)、というのを出して、
確かにそういうものもあると、書いた。

しかし、必ずしも、うまい店が好きな店ではない
ということなのである。

考えてみれば、あたり前の話である。
皆様もきっとそうであろう。

好物がべら棒にうまい店であっても
あまり行きたいと思わないところもある。
もちろん、高価なところが多いわけだが、
仮に、そのお金があっても同じことであると
思う。

べら棒にうまくなくとも、頻繁に行きたくなる
行ってしまうところもある。

例えば、先頃行った、うなぎの駒形[前川]と
とんかつの上野[井泉本店]。

東京のうなぎやで私の順番を勝手につけさせて
もらえば、No.1は前号で書いた麻布[野田岩]。
No.2は南千住の[尾花]。No.3は神田明神下[神田川]。
そして、別格でご近所の小島町[やしま]。

[野田岩]はよいのだが、私の行動範囲の中では
いかんせん遠い。たまに日本橋高島屋の特別食堂へ
行くぐらい。[尾花]もまずは土日の行列と閉店が
早いところがハードル。
[神田川]は個室の座敷で実によいのだが、それが逆に、
ちょっとかしこまったTPOでないと行きずらい
ということになる。
[やしま]は日曜休み。

なんとなく消去法のようだが、日曜にうなぎが食べたい場合は
駒形の[前川]となってくる。

だが、もちろん本当は消去法ではない。
私の住んでいる、上野・浅草はうなぎやの数は随分と多い。

その中で[前川]を選んでいる。
理由は、居心地がよいから。

[前川]の回にも書いたが居心地をよくするためには
条件がある。どこもそうだが、老舗というのは
先方にも条件があるのである。
一つは予約をすること。老舗でもそばやなどでは
予約はむろん不要であるが、座敷でサービスをする
ところではあいていたとしても、予約をすると
扱いが変わってくる。

もう一つは、その店にふさわしいお客になること。
これはまあ先方の条件そのものだが、老舗というのは
プライドというのがやはりある。それが敷居の高さ
ということになるのだと思うが、居心地よくするためには
必要なことなのである。

店によってももちろん違う。店の雰囲気、空気を読む、
ということになるのかもしれない。
鶏が先か、玉子が先か、にはなるが、気に入った雰囲気の
店で居心地をよくしたいのであれば、
その店に合ったお客になる配慮は必要であろう。

お客もこの店ですごしたい、店もこういうお客に
きてもらいたい、これが合えばまさに相思相愛。
お客は居心地をよくしたいと思えば、それなりに
考えなければいけないと思うのである。

さて、とんかつの[井泉本店]。
ここも同様に、居心地がよい。

ここも老舗だが、敷居は目に見えて高いわけではない。
上野のとんかつやでは[井泉]でなければ、
私は[ぽん多本家](とんかつやではなく、洋食や
を名乗っている。)なのだが、値段の差もあるにはあって
どちらも老舗であるが、くらべると[井泉]の方が庶民的。
これが私の居心地のよさにつながっている。

前号で書いたように、味だけでいえば、ある程度以上の
うまいとんかつやはたくさんある。
[ぽん多]以外にも上野浅草は激戦区で、上野松坂屋裏の
[蓬莱屋]、上野[とん八亭]、浅草寿の[すぎ田]は
常に私の選択肢の中に入っている。

それでも[井泉]に行くのは居心地のよさ、なのである。
もう少し書くと、これは相性のよさ。

先の[前川]もそうだが老舗である
というのは私の好みの条件の一つ。

むろん古ければなんでもよい、というわけではないが、
50年、80年、100年と年と代を重ね、生き残ってきたことには
それなりの意味がある。
それだけの長い年月の間お客に支持され続けた理由が
あるわけである。
味もむろんあるし、店の内装、外装、お客への
対応の仕方、すべて積み重ねられ、こなれ、
洗練されてきたわけである。
そして、その年月で生まれてきた店としての存在感。
これらが[井泉]にはあって、気持ちがよい。
(浅草の洋食や[ヨシカミ]もこの口かもしれぬ。
居心地がよい。)

そう、味だけではないのである。
居心地のよさは、ほぼ味ではないと言い切ってよい。

私自身、よい年になり、新しい話題の店が
できても、わざわざ出かけてみようという気には
実のところあまりならない。

食いものやというのは、気に入れば通うもの。
これが人の自然な行動であろう。

私はグルメライターでもないし、グルメサイト
投稿マニアでもない。

新しい店を開拓することだけを目的にしたいとは
思っていない。

年になん回か、新しいところを意識的に
廻ってみることはあるが、それは今の
東京の食いものや状況を把握するためである。
閉じ籠ってばかりいるのも、いけなかろう、
と、思ってのことではある。

むろん、新しいところが今まで通っていたところを
越えていれば取って代わるのだと思うが
そういうところは、なかなか現れるものではないのも
事実である。

まあ、そんなことで、通っているうちに、
[井泉]のお姐さんは私の注文を覚えてくれていた、
のかもしれない。







    

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