断腸亭料理日記2018

磯田道史氏著作から
「通史的思考」と「民衆の視点」その2

引き続き「磯田道史氏著作から」。

私流の言葉にすると「私たちはどこからきて、どこへ行くのか」
「通史的思考」が大切であるという視点。

それからもう一つ磯田先生も参加されている
日本史学者のシンポジウムで「戦乱と民衆 」(講談社現代新書)

で焦点をあてられている「民衆の視点」のことを書き始めていた。

文化、芸術、風俗、あるいは生活文化史のようなものの
研究分野では、その主体は特定の人々ではあろうが、
やはり、民衆であるのだと思う。
しかし、日本史の本流の研究では民衆を主体に研究する
というものではなかったのだが、これが変わってきている
ということといってもよいのかもしれない。

民俗学だったり、江戸落語だったりに本拠を置く
私とすれば、民衆の視点というのは、いうまでもないこと
ではある。

さて、そこで、磯田先生の著作の参考文献であったか、
いろいろ関連の論文などを読んでいると、
またまた、気が付いたことがあった。

どちらにしても、私のメインフィールドは
江戸時代の江戸から明治以降の東京なのだが、
江戸時代の江戸というと気を付けなければ
いけないことがある。

磯田先生からちょっと離れていくが触れておかねば
ならない、大きな問題である。

江戸ブームである。
落語ブームでもあるが。

いつ頃からなのであろうか。
随分前、バブルの頃からずっと、か。

なんとなく私もそれに乗っかってしまった、
ような気もするが。

江戸ブームは、日本史で近世(江戸時代)を扱う
研究者などの間からは、少し前から疑問符を投げかける論が
出ているということは私も知っていた。

ともすると、江戸ブームというのは江戸ユートピア論
というのか、江戸時代(の江戸)はよかった、という
美化された江戸イメージがなんとなく作られている、
ことへの専門家からの反論ということである。

今までここでなん回も書いてきたが、
私のごく興味のあるところで、花街(=芸者町)を
研究する分野がある。よく引用させていただいている
加藤政洋先生(花街: 異空間の都市史 2005)あたりの研究である。
加藤先生は日本史ではなく、歴史地理というのか人文地理
の先生ではあるが。

花街=芸者町というと、京都の祇園だったり先斗町だったり
江戸情緒溢れる、なんという枕言葉が付き、人気になり、
浅草あたりの料亭で扇を投げるお座敷遊びなどに
興じたりする人も出てきている。

これなぞも、江戸ブームの文脈といってよいのだろう。

しかし、花街=芸者町の実態と今、好ましいものとして
耳目が集まっているものとは大きな差があるということ。

全国的にみれば地域、特に京都と東京は大いに違っているし、
時代によっても違っている。
これも毎度、ここで書いているが、江戸・東京に
おける芸者町は“江戸情緒あふれる”という枕詞とは
違っているところが少なからずある。

そもそも、東京の芸者町=花柳界は明治以降に
できているところが少なくない。これらは既に
“江戸情緒”ではなかろう。(江戸趣味という言葉が
あるがこちらであろう。)
江戸までさかのぼれるところも江戸期には岡場所
(私娼街)で三業地として制度化されるまでは
その状態が続いていたといってよかったわけである。
場所によっては、三業地となってからも私娼街と
実態は大差ないところも少なくはなかった。

学習院女子大学の教授で岩淵令治という先生がいる。
江戸を中心とする近世都市史が専門。

この方などが、美化され、創られた江戸像に対して
史料を以て反論をし、また、どうして、どのようにして
そうした美化された江戸のイメージがでできていくのかを
研究されている。
(『「週刊 新発見!日本の歴史30」「江戸・大坂・京の
三都物語」』など。)

そもそも、江戸は家康が入り本拠とし、城下町を造り、
その後100万の人口を持つ世界一の大都市になっていたのは
間違いはない。しかし、それ以前はまったく人がいなかったのか
といえばそうではない。
私も書いているが、例えば浅草などは律令時代の
街道が通り隅田川を越える渡船の拠点で浅草寺周辺には
古くから集落、町があった。

また、こんなこともある。
明暦3年(1657年)のかの明暦の大火によって江戸が焼かれその後、
江戸の街は郊外へ発展した、といういわれ方をされることが多い。
かの新吉原もこのタイミングで今の人形町の元吉原から、浅草北部の
新吉原へ移転している。しかし、これは大火によって移転したのではなく、
手狭であるのと都心部に悪所を置いておくのはよろしからず、というので、
移転は既に決まっており、たまたま大火があっただけであった。

前掲「週刊 新発見!日本の歴史30」(金行信輔氏)によれば、
近年、最古の江戸全体図「寛永江戸図」が発見されている。
寛永19年〜20年(1642〜43年)の地図で、家光の頃。開府から40年程度
である。この頃、既に江戸の町域は外濠の外へ大きく広がっており、
江戸開府当初の中心部は既に埋まってしまっている。明暦大火後の
寺社などの郊外移転や本所深川の開拓、開発など、江戸の街の再開発は
むしろ遅すぎたくらいであったといえるのかもしれぬ。

江戸城の濠は内濠から「の」の字を書くように造られており、これが
都市域を拡大可能に設計されていると評価する論がある。開府から40年
程度で既に再計画、再開発しなければならなかったのは、まあ、
誤算であったのであろう。

また、岩淵先生はこんなことも書いている。
火消しのこと。

「火事と喧嘩は江戸の華」なんというのが
昔から言われていきた。江戸っ子の象徴ともいえる火消し。
この場合はもちろん、町火消しのこと。

私も毎年書いているが我が鳥越祭でも町会など
神輿の準備その他祭の裏方は、彼ら江戸町火消の流れを
汲む鳶の方々が携わっている。





もう少し、つづく



 

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