断腸亭料理日記2019

須田努著「三遊亭円朝と民衆世界」その11

さて、一週お休みをいただいたが、円朝師。

いよいよ佳境、本題、で、ある。

円朝師の代表作「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」と
「怪談牡丹灯籠(かいだんぼたんどうろう)」について
テキストに沿ってみていこう。
やはり円朝といえばこの二作品に触れぬわけにはいかない。

創作されたのはてっきり明治だと私は思っていた。
二年違いであるが安政6年と文久元年なのである。
つまり、また江戸期。
この研究の論旨として、とても重要。憶えていなくてはいけない
ことである。

そして、このタイミングというのは、師匠の二代目円生と絶縁後である。
その絶縁のきっかけは、自分の演ろうとしていた噺を先に演られて
しまったということであった。それで、これは、と奮起し、
新作を作ったと考えられている。

さて。
この二作、芝居、映画など映像ではなく、噺として落語家が話すのを
聞いたことがある方はどのくらいおられようか。

「真景累ヶ淵」は先般亡くなった歌丸師が通しで演ったことが
知られている。DVD、CDにもなっているが、他にはやはりかなりレア。
演るとしても一部。円生(6代目)師の「円生百席」のCDは
2枚組4巻、8枚になっているが、これでも後半は入っていない。
全話をどうしても知りたければは、全集を読むしかない。

「牡丹灯籠」も同じく歌丸師が通しで演っているよう。また、
喬太郎師なども演っていたようである。が、まあ、これもかなりレア。
円生(6代目)師のCDもこちらも一部。歌丸師のCDも同じ部分のよう。

とにかく長い。一日はおろか、続き物として数日かけて毎日
演ったという。

実のところ、私、怪談ものはダメなのである。
ホラー映画もだめ。苦手である。
日本のものも海外のものも、まず観ない。
怖がりなのである。
それで「累ヶ淵」も「牡丹灯籠」もたまたま寄席で演っていた
誰かのものを一部聞いたことがある程度。

だが、今回、これを書くのに、聞いたことがなければ
さすがにいけなかろうと、「円生百席」の「真景累ヶ淵」と
「牡丹灯籠」の6巻12枚のCDを買って、今週聞いていたのである。
そのお休みであった。

まあ、聞いてみなければ、わからないことは確かにある。

改めて思うが、円生師(6代目)というのは本当にうまかった。
円生師存命中には、落語家は人間国宝にしてもらえなかったが
当然なってしかるべきである。(ついでに文楽師(8代目)志ん生師
(5代目)もである。)

円朝直系の三遊派の6代目三遊亭円生、百点満点にできて
あたり前、でもあろうが。

今、その流れを継いでいるのは当代円楽師だが、、
どうなのであろうか。

ともあれ。

「真景累ヶ淵」「怪談牡丹灯籠」の二作品、どんなものか。

皆さんもご存知ないと思うのであらすじを書いてみよう。
長いのだが、書いておく意味はあろう。

誰かさんのあらすじのコピペではなく、円生師(6代目)のCDを聞き、
足らない部分は全集も読んで、自分の言葉で書いてみる。
ただ、できるだけコンパクトに、わかりやすく。

まず「真景累ヶ淵」から。

安政6年(1859年)作、初演といってよいのか。
書いている通り、この頃は舞台の背景や道具を入れた芝居噺として
演じたので、道具を使わない素噺として今残っている円生(6代目)
の音や、速記から起こした全集の台詞とは違っていたようである。

作品としては、前後半に分かれる。
後半は人気になって付け加えられたものと言われている。
作品のクオリティーが高いのも前半で、円生師(6代目)のCDも前半、
「聖天山」まで。

「真景」というのは、神経である。
安政の頃の原題は書いているように「累ヶ淵後日の怪談(かさねがふち
ごにちのかいだん」。
「真景」が付いたのは、明治になってから。
当時、神経という言葉が流行っていたといわれる。
「あいつは神経の病だ」という神経である。
神経症などと今もいうが、ちょっとハイカラというのか
新しい感じがあったのであろう。

江戸期流布していた「累(かさね)もの」などとも呼ばれた
説話、浄瑠璃、歌舞伎にもなっていたお話があった。
下総国羽生(はにゅう)村が舞台。今の茨城県常総市羽生町。
その鬼怒川に累ヶ淵というところが実在する。
累という女性が入婿の与右衛門に殺されるという、まあ、やはり怪談と
いってよいのであろう。歌舞伎では鶴屋南北の「法懸松成田利剣
(けさかけまつなりたのりけん)」、文化6年(1823年)江戸森田座
初演、というのが知られているよう。南北は「四谷怪談」の南北であるが、
黙阿弥や円朝よりも一世代前。この累のお話が下敷きになっている。

あらすじを、まず円生師のCDに沿って書いてみる。

その1「宗悦殺し」
根津七軒町の盲の針医者の皆川宗悦は金貸しでもあった。

時代設定は安永というから1770年代田沼時代。
宗悦は金を貸していた小日向服部坂上(こひなたはっとりさかうえ)の
旗本深見新左衛門(しんんざえもん)宅に取り立てに行き酒乱であった
新左衛門に逆上され殺される。

一年後、新左衛門は殺した宗悦の亡霊により奥方を殺し、乱心、切り死。
深見家は改易、一家離散になる。

その2「深見新五郎」
ここは、新左衛門の家出をしていた長男の新五郎が宗悦のたまたま知り合った
次女お園を誤って殺してしまうという因縁話になるが、本筋から外れるので
詳細は略。

その3「豊志賀の死」
新左衛門の次男、新吉。深見家離散時2才、深見家の門番であった勘蔵に
甥として育てられる。ふとしたことで同町内の唄(富本)の師匠豊志賀と
同棲を始める。豊志賀は実は宗悦の長女、年は39。新吉は21。
新吉は年の離れた豊志賀の身の回りの世話など小まめに働いていた。
豊志賀は稽古に通ってくる若い同町内羽生屋の娘お久と新吉の仲に
嫉妬する。その内に右の眼の下に小さなできものができ、それが
段々腫れてお岩さんのような顔つきになってしまう。新吉は段々に
ひがみがひどくなる豊志賀に嫌気がさしてくる。

お久は継母にいじめられているという。お久の伯父さんのいる下総に
一緒に逃げてくれ、との話しになる。するとにわかにお久の眼の下が腫れ、
豊志賀のような顔になる。と、お久は新吉の胸倉をつかみ「あなたは不実な人
ですね」、、、。驚き慌てて新吉は伯父さんの家に駆け込む。
すると、どうしたことか伯父さんのところには豊志賀がきている。
新吉は伯父さんにとにかく一先ずは豊志賀の面倒を見るように意見を
されて、送ってやろうと篭を呼んで豊志賀を篭にのせる。
そこへ、豊志賀と新吉の住む長屋の人々がくる。彼らは豊志賀が死んだ
という。そんなはずはない、今、そこに、、と篭を開けてみると、いない。
長屋へ帰ってみると、豊志賀は剃刀で喉を切って自害をしていた。
豊志賀の書置き(遺書)が残されており、そこには「これから新吉が
持つ女房は七人までは取り殺す」と書かれていた。


「真景累ヶ淵」関係図 その1

 

 


須田努著「三遊亭円朝と民衆世界」より

 

 

 

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