断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その5 円生・ちきり伊勢屋


引き続き円生師匠の「ちきり伊勢屋」。

伝次郎は白井左近に言い渡された二月十五日に死ねずに、
半年以上経ち、乞食のような姿になり高輪の通りで幼馴染の
伊之助という者に会う。

その少し前に、高輪の大木戸んとこで、伝次郎は白井左近に
会ったという。

白井左近は編み笠をかぶり、大道占いをしている。
気が付いた伝次郎は笠の上からポカポカとなぐる。
「なにをするんだ」という白井左近。「お前、私の顔を見忘れたか
ちきり伊勢屋伝次郎だ。」

白井左近も驚いたが、ここでは人だかりがするから、とそばにある
白井左近の裏長屋へ連れていく。もう一度伝次郎の人相を見せてくれ
という。

見ると「人相が変わっている。長生きをする。八十以上は生きる
だろう」と。
「なにか人助けをしなかったか?」「なん人だかわからなが、
たくさんの人を助けた」と伝次郎。「いや、そうではなく、死んで
しまうという人を助けなかったか?」と。
「そういえば、身投げをしようという爺さんを一人と、首を
くくろうとしていた女を二人、金をやって助けた」、「じゃぁ、
それだ」と白井左近。

だが「なん万両もあるけっこうな身分の時には死ぬといわれ、
こんな乞食同然になって、長生きするといわれても」と伝次郎が
いうと「いや、そんなことはない。これから江戸へ行かず、品川の
方へ行くと、必ず運が開ける」と。

それでぶらぶらこっちへ歩いてくると、幼馴染の伊之助に出会った
というわけである。

しかし、あんなに平河町で繁盛していた白井左近がなんだって
大道占いをしているのか。

それも、もとはといえば、伝次郎のせいらしい。
白井左近は奉行所から死相をみてはならんと固くとめられていた。
それを伝次郎のはあんまりはっきり出ていたので、親切ずくで
教えてくれたというのである。だが、伝次郎は死ななかった。
これが奉行所の耳に入り、江戸払い(ところ払い)になった。
家財を売って、引っ越そうとすると、運悪くそれが泥棒に入られ
取られてしまった。その上左近は患う。それで、一足出れば
江戸府外となる高輪大木戸の貧乏長屋に住んで、大道占いをする
ことになってしまったという。

気の毒だったと、白井左近はなけなしの蓄え、二分(にぶ)の
うち、半分の一分を当座の小遣いに持って行ってくれというので、
一文無しの伝次郎は受け取ってきた。

伊之助というのは、伝次郎の幼馴染であるが、麹町で福井屋と
いう大きな紙問屋の倅。道楽者で勘当をされて品川新宿の裏長屋に
住んで日傭取り(ひようとり=日雇い)をしているという。

伝次郎に、お前さん、これからどこいくの、と。
ただ、白井左近に品川の方へ行けっていうからきただけである。
じゃあ、あたしんとこにおいでよ。汚いとこだけど。
伝次郎には行くとこもないので、願ったり叶ったり。
今、白井左近にもらった一分の内、半分の二朱だけ米を買って
伊之助の家に転がり込む。

二人とも呑む口だから、呑んで食って、ゴロゴロ。

十日ばかり経ったころ、大家さんがくる。
店賃も溜まっているのだが、そうではなく、お前さんのところに
もう一人いるね、と。
それもお届けに行こうと思っていたんですが、この人は私の幼馴染で
元は大きな店の旦那で、決して怪しい者では、、
いや、そんなことは見ればわかるが、そうじゃないんだ。
駕籠やを二人でやってみないか。
少し前に駕籠やをしていた男が置いて行って駕籠があるから。

そうですか、じゃ、仰せに従いましょうと、二人でやってみることに
する。大木戸そば、札ノ辻あたりにバンを張っていると品川に遊びに
行こうっていうのが乗るから。

むろん、二人は駕籠なんぞ乗ったことはあるが担いだことなど
まるでない。本職が皆行ってしまってから、一杯入った幇間らしい
男に声を掛けて、品川、土蔵相模までといわれ、乗せる。

最初っから肩は痛い、もう半町でだめ。(一町は六十間、109m)
それより、腹が減ったと、そこにあった、夜明かしのおでんやに
入ろうということになる。客は酔って寝てしまっている。
二人とも金がない。
客に出してもらおう。駕籠賃から先に立て替えてもらう。

酒を一本ずつつけてもらって、がんも、と、しのだ。
茶飯を食って、勘定、百十二文。

これ、今のいわゆる煮込みのおでん。ちょっと久しぶりに“料理日記”
っぽいことも書かねば。以前、これを以て、江戸終わり頃には今の
煮込んだおでんというのができている、と考えていたのだが、
それは間違い。焼いた豆腐などに味噌をつけて食べる田楽から
煮込みのおでんができたのは、明治に入って大分たった明治20年頃
というのが正しいよう。

この場面、江戸時代に登場するとして正しいのは振り売りの
「上燗おでん」という商売。これは串に刺した豆腐に味噌を塗ったもの
を売る。ただ名前の通り酒もあり、また茶飯もあった。
ちなみにこの噺の最初の速記、禽語楼小さん版(1893年
(明治26年))ではこのおでんやの件(くだり)は一切ない。

ともあれ。

食い終わって、客を起こし、出してもらえないか頼む。
冗談じゃねえ、客を乗っけて、茶飯を食ってるべら棒も
ねえもんじゃねえか。

その上、まだ一町もきていない。もういい、降ろしてくれ、
というのに、履物は乗せたところに忘れてきたという。
これじゃあ怒るのももっとも。

だが、伝次郎が
伝「おい、一八(いっぱち)。」
一「なるほど、確かに俺は幇間だが、駕籠屋から一八なんていわれる
  因縁はねえんだ。」
伝「おい。テメエ、俺の顔を忘れたか。ちきり伊勢屋だ。」

そうなのである。遊んでいた頃の取り巻きの幇間にこの男がいた
のであった。

今の一八の着ている着物も羽織もみんな、伝次郎がやったもの。
と、いうことで、かわいそうだが、着物と羽織、さらにあり金
二両の内、半分の一両を巻き上げる。

もうやーめた。
駕籠なんか、この二人にはできるわけがない。
あきらめて、帰る。

翌朝。

さっそく、質屋に、伝次郎が持っていく。
質屋は、伝次郎の商売である。
このくらいのものであれば、どのくらいになる、というのは
だいたい見当がつく。

表にある[富士屋]という質屋へ持っていく。

 

つづく

 

 

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