断腸亭料理日記2025

錦糸町のこと その2〜錦糸町中華そば さん式

4790号

さて、引き続き、錦糸町のこと。

昨日は、江戸から明治、さらに錦糸公園あたり
このこと書いてみた。

[さん式]の前に、もう少し錦糸町のこと
書いてみたい。

これも錦糸町といえば、触れておかねばならないこと。
なにかというと、昨日名前だけ挙げたが、楽天地のこと。

楽天地は、今は、PARCOと西友、TOHOシネマズのある南口
東側のビルであるが、古くは、錦糸町といえば、楽天地、で
あったといってよい。これももう、忘れられつつあること
かもしれぬ。いや、楽天地という名前すら今はあまり表に
出ていない、か。

楽天地というのは、昭和12年(1937年)、株式会社江東楽天地
という名前で設立されている。戦前の話である。

これを設立した人をご存知の方は、どのくらいおられようか。
小林一三、で、ある。
そう、阪急電鉄、阪急百貨店、宝塚劇場、東宝の一大、鉄道、
流通、エンターテインメントグループを築いた昭和の大立者。
このビル、このグループなのである。

ウィキにかなり詳しい記述があった。

小林一三の意図はなんであったのか。
ちょっと疑問ではあろう。

もともと、阪急、宝塚なので、関西が基盤で、東京進出を
目論んでいたよう。
戦前、東宝の映画館は東京にいくつかでき始めていたが、
複合レジャー施設のようなものを作りたかったようなのである。

本当であれば、当時、前に書いたように、東京のエンター
テインメントのメッカといえば、浅草で、浅草を目指したが
恩人で浅草を基盤にしている東武の根津嘉一郎に懇願されて
泣く泣くあきらめたという。
その代わりに、当時は「殺風景でうらぶれた街」であった
「錦糸堀」に決めたが、当時の東宝の重役は仰天し大反対した、と。
(当時はやはり錦糸町ではなく、錦糸堀と呼ばれていた。)

当初は劇場と映画館、その後吉本興業を誘致し江東花月劇場が
でき、後の[聚楽]に大食堂を、さらに観音様まで作って、
小林の野望は一先ず形になったよう。
太平洋戦争に突入し、空襲に遭うが、すぐに再開。

戦後は昭和25年(1950年)に当時の国営競馬の場外馬券場、
後の錦糸町ウインズを開設している。
昭和37年(1962年)オープンの国鉄錦糸町駅ビルきんし町は
当時、隅田川以東で最大のショッピングセンターであったよう
だが、これも楽天地の経営だった。
と、まあ、戦後もこのあたりまではよかった。
おそらく、この楽天地のおかげで「殺風景でうらぶれた街は」
現在に続く、歓楽街になっていたのであろう。

その後、ご存知のように、TVの登場により、次第に映画は
斜陽産業になっていく。やはり映画館が主な施設であったので、
ボウリング場、パチンコや、天然温泉、サウナ、などなど、
多角化を試みてもいる。

1983年(昭和58年)老朽化したビルの再開発、現在の楽天地
ビルができた。
ここに飲食店、銀行、映画館4館、サウナ、さらに、
グループの阪急系ではなく西武セゾン系の西友、西武百貨店を入れ
映画館の観客動員数、収入も大幅に向上したよう。

その後は、まあ、皆様ご存知か。平成29年(2017年)再
リニューアル。西武はPARCOに、映画館はTOHOシネマズ
錦糸町なっている。
楽天地がやはり、戦前から、錦糸堀を錦糸町たらしめた、
偉大な功労者といってよろしかろう。これも覚えておくべきこと
であろう。

閑話休題。
錦糸町はこんなところで、中華そば[さん式]。

場所はオリナスのブロックの一番北西の角。
都営アパートの一階にいくつか入っている飲食店の一つ。
この区画は、以前は小学校だったこともあったよう。

ここは、煮干、魚介系。

一回目は5/21、14時頃。
この日ももちろん、雨。バスは終点の錦糸町駅の一つ前の
太平三丁目で降りる。

この日は、最初なので、看板らしい濃厚煮干。

大きな海苔、大きなチェーシューが印象的。
下に、粗みじんの玉ねぎ。
そして、このスープの色もまったく特徴的。いかにも煮干。

麺は、

ちょい細めの丸に近い?麺。博多あたりに近い感じに見える。

実のところ、私は、いわゆる煮干し系はどちらかといえば、
苦手、なのである。特に濃厚煮干などいえば、苦い。
煮干のハラワタ?。
が、この見た目の色に反して、まったくそれがない。
だが、濃厚。ふむふむ、これは私好み。断然、あり。そして、
全体にかなりバランスが取れてこれがどういう味の組み合わせで
できているのか、とても私には分析ができない。
そして、この一杯、そして、このご店主、なかなかストイック、
突き詰め系。なんとなく、これも私好み。
どうもラーメンやにある割合で存在する、輩(やから)系
というのか、(なぜか家系に多いが)あの店、店員の
頭のわるそうなおらおら系の雰囲気、苦手。そもそも客商売
としてあり得なかろう。なに様のつもりか。

そして、二回目。6/11(水)、14時。
この日は、直前まで降っていたのだが、あがった。
だが、行こうと決めていたので、バスに乗った。
ここの看板メニューは三つ。先の濃厚煮干、淡麗白、
イカと煮干。今日は、淡麗白。

まあ、塩なのであろう。
チャーシューと海苔は同じ。
なぜか、濃厚煮干と比べて、ねぎが細いメンマ、中央に
三つ葉。同じ具材を使わっていない。もちろん、考えた上
のことであろう。

麺は、同じか。
これは、炙りスルメと帆立の旨味、と説明コピー。
だが、これまた、とてもバランスが取れており、
スルメだったり、帆立独特の味は、ほぼわからない。
だが、やっぱり、絶妙にうまい。
なるほど。
やはり、只者ではなかろう。

ともあれ、錦糸町、ほんとにきれいな街になってきた。
それこそ、30年前の錦糸町であればこんなラーメンやは
できなかったのではなかろうか。

 

錦糸町中華そば さん式(X)

墨田区太平4-2-1 都営太平南アパート111号室

 

 

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