断腸亭料理日記2025
4788号
6月7日(土)〜8日(日)
さて、土曜日。
この週末の土日は、年に一度の祭り、で、ある。
私の住む地域は、鳥越神社の鳥越祭。
神田だったり、下谷だったり、本祭(ほんまつり)と陰祭
(かげまつり)といって大規模に行う年と、そうでもない
年がある祭もあるが、鳥越祭は、今はそういう区別はない。
土曜日が、各町内神輿を担ぎ、日曜日が本社神輿といって
神社にある神輿を氏子町内を各町送りながら担ぐ。
これは、隣の浅草神社の三社祭などとも同じ。
この界隈、東京下町の祭は、ゴールデンウイークあたり
から始まり、6月の第一週の鳥越が最後になる。
各祭は週をずらしながら、概ね毎年同じ頃に行われる。
6月の第一週末なので、関東の梅雨入り時期とずばり
重なり、梅雨に入ってしまって、雨で寒い中行われる
こともままある。
毎度書いているが、私は元浅草で、旧町では七軒町に
住まっておりこれが町内会になる。
このあたりは旧町=町内会である。
各祭で微妙に祭の運営主体が違っているようだが、鳥越祭の
場合、町会と祭の主体の“睦(むつみ)”はほぼ一体。
まあ、睦は本来は、鳥越神社の氏子組織なので、6月の祭だけ
ではなく、役員さんは年始の初詣など、神社の行事に
参加し、警備などに従事されたりもする。
この界隈はオフィス街でもあるが、まだまだ数代に渡って
住み、事業を営まれている方々も多いので町内会も祭も
きちんと機能し運営されているといってよいだろう。
ただ、祭は、住人、町内会員だけでは神輿の担ぎ手が足らぬ
ので、他の都心の祭同様、町内にある都立白鴎高校や、神輿
同好会に協力してもらい担いでいる。
鳥越祭の特徴は、夜祭である、ということ。
特に土曜日は夕方から。
これは近隣の祭と比べ異なっていることである。
この界隈、職人の街で、土曜は以前はもちろん仕事があり
それで夕方から夜。神輿には暗くなると提灯が付き、
ろうそくの灯りがともる。これは、東京の祭でも珍しい例、
で、あろう。
祭というのは、民俗学的にはそれぞれ行われる時期によって
意味がある。春、初夏、夏、初秋、秋、などなど。
基本は稲作の進行に合わせて意味が出てくるわけである。
まあ、一番わかりやすいのは秋の収穫に感謝する。
夏であれば八朔(はっさく)などといって、八月一日
(朔日)に行われる祭が全国にある。もちろん、旧暦だが、
夏の厄払い、台風シーズン前に収穫の無事を祈る、、、
などなどの意味合いがある。
ただ、東京の祭は、そんな民俗学的な意味合いとはほぼ
関係がない。神田、三社、鳥越も、旧幕時代江戸期からあるが、
当時幕府の指示によって時期は決められており、その後、
明治以降も様々な事情で行われる時期は変化している。
先の本祭、陰祭も、町の人々の経済的な要因もあるが
華美になることを抑えるためにお上の指示で作られた制度
でもあった。
ついでに神田や山王などは以前は京都の祇園祭などと同様に、
山車を引く祭であったことをご存知の方も多かろう。だが
基本今は、皆、神輿を担ぐ祭。鳥越も以前は同様に山車祭で
あった。東京では明治期に、山車主体から神輿主体に
変わっている。理由はあまり詳らかではないが、様々挙げられる。
山車は行列が長くなり、交通を止めずらくなってくる。
山車そのものの管理が費用を含めたいへんであったから。
また、神輿の方が、シンプルに威勢がよい、たのしく、
盛り上がるから。こんなところであったのではなかろうか。
16時半頃から、七軒町では太鼓の低い音が聞こえてくる。
17時から町内神輿の担ぎ始め。
毎年、この時刻から、都立白鴎高校の和太鼓部の皆さんが
太鼓演奏を披露をしてくれる。
他の町内にはないので、景気が付いてよい。
町内の半纏(はんてん)を着、帯を〆め、雪駄を突っかけて
内儀(かみ)さんと出る。担がないが恰好だけは一人前である。
町内の場合、神酒所(みきしょ)が祭の本部になっている。
町によるが、どこか決まったお宅の場合もあるし、
ちょっとした駐車場のようなところだったりいろいろ。
また、旧町も大小様々で、神輿の倉庫を持っていたり
いなかったり。
この町の神酒所そばに神輿が白いテントなどに入って
スタンバイされている。
5時近くなると白鴎生の太鼓が終わり、神酒所前にウマと
呼ばれる神輿の台が置かれテントから神輿が運ばれる。
睦の代表の方が先棒側のウマの上にのり、担ぎ手に
棒につくよう、指示を出す。
代表の方の後ろに“わ”の印の入った長半纏を着た人が
帯を持って立っているのが見えるだろう。
担ぎ始め、代表は危ないので、後ろに倒れる。
そのために、帯を持っているのである。
この人は、わ組の鳶頭(かしら)でよいのか。(昨年来と
違う方のよう。)わ組は江戸の町火消、いろは四十八組から
続く、鳶の方である。鳥越ではこうした鳶の方々が各町の
様々な祭の裏方を担っている。
ちなみに、睦の方は半纏ではなく、この睦揃いの着物。
そう。七軒町では今年から町内揃いの半纏が新調された。
グレーだったのが、襟がグレーで紺色の渋いものになった。
背中の町の印は同じ。白抜きで七軒。
原則、どこの祭でもそうだが東京ではまず、この上着の
ことを半纏と呼ぶ。
全国的には、法被(はっぴ)であろう。
まあ、東京方言といってよいかもしれぬ。
法被と半纏は形はまったく同じもの。
まあ、祭半纏である。半纏は本来大工だったり、左官などの
職人、あるいは商店の小僧が羽織る、店などの印の入った
印半纏(しるしばんてん)。
もう少し詳しく書くと、江戸東京では法被と半纏では
言葉の使い分けがあった。
落語「文七元結」に出てくる。主人公の左官の職人が
細川家の下屋敷の博打場ですっかり取られて、細川の
奉公人の着る丈の短い上っ張りを借りて褌一丁で帰ってくる。
これを法被と呼んでいる。寺や神社、こうした屋敷の印、
紋入りのものを法被と呼んで使い分けていた。
まあ、ある程度公的なものが法被ということか。
鳥越祭でも神輿に付いて働く若い衆がいるが彼らは、
神社の印の入った白いものを羽織っている。これはこの例で
いえば、半纏ではなく法被、になるだろう。実際にどう
呼んでいるかはわからぬが。それで神社に所属するものが
神輿を担ぐのであれば法被でよさそう。
だが、神輿を担ぐのは立場とすれば神社の氏子だが、町を
代表して担ぐ。どちらかといえば、町の方に軸足があり、
町の印の入ったものを着る。町に軸足があるので半纏
ということになるのか。なんとなくそんなことかもしれぬ。
代表から一言あって、手締め一本、拍子木カンカンで、
担ぎ始め。この最初の段取りは、祭によって微妙に
違っている。
最初に担ぐのは、高校生ではなく、大人。
つづく
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