断腸亭料理日記2011

池波正太郎と下町歩き7月

その7


7月16日(土)

引き続き、7月の『講座』。

今日は、深川の神明様。




深川といえば、お祭り。


深川祭、というのも、名物、で、あろう。
江戸三大祭、の中に、入れる場合もある。

一般に、深川祭といえば、ここではなく、門前仲町の
富岡八幡のお祭りをいう。

真夏、旧のお盆の頃行われる。水かけ祭りともいわれ、
神輿や担ぎ手に、じゃばじゃばと、沿道から水をかける。
中には、消火栓を開けて、ホースで、なんというところも
あり、威勢のよいもの。

そして、本祭りは、3年毎で、今年のはずであったが、
他の東京下町の祭同様、震災の影響で、中止。

門仲(もんなか)の八幡様の氏子町内はべら棒に広い。
門仲界隈はもちろん、東は木場、東陽町、さらに、
なぜか、隅田川を西に渡った、箱崎やら、中州、
新川なども含まれる。
この広大な町内を真夏に担ぐわけである。
消火用水でもかけなければ、とても担げなかろう。
ともあれ、たいへんなお祭り、で、ある。

この深川神明の氏子範囲は、小名木川の北、
この森下周辺。ただし、お祭りは、八幡様と同じ時期に
行われ、やはり水かけ祭りである。(本祭りは
富岡八幡とは年がずれており、昨年が本祭りであった。)

神輿を担ぐときの掛け声は、深川の場合は、
わっしょい、と、決まっている。

余談だが、この掛け声は、同じ東京下町だが、場所によって、
違っているのは、おもしろい。
ちなみに、私の住んでいる元浅草が氏子町内になっている
鳥越祭は、お(う)りゃ、と、教えられる。

ともあれ。

深川神明の境内に入ると、両側に各町内の神輿蔵、
が、両脇に並んでいる。

東京下町のお神輿というのは、神社のお神輿、
である、本社神輿とは別に、各町内に町内の神輿があり、
これらは、町内の神輿蔵で保管されているのが一般的である。
神社の境内に神輿蔵を作っているのは、珍しい。

さて。

この神明様。

祭神は、伊勢神宮同様の、
天照大御神(あまてらすおおみかみ)。
江戸初期に深川を開拓した、深川八郎衛門が
祀った、と、いわれている。

私は、鎮守様に敬意を表して、お参り。
皆さんは、木陰で、一休み。

毎回のことだが、この町歩きで、下町を歩いているわけだが、
小さなお稲荷さんなどは別として、
その界隈の鎮守になっている神社には、ご挨拶として、
私は、お賽銭を出して、お参りすることにしている。

さて。

ここからは、北上。
本所二つ目、軍鶏鍋屋[五鉄]、を、目指す。
(むろん、五鉄は、池波先生の創作。
清澄通りの二之橋、で、ある。)

神明様から、清澄通りに出る。

この清澄通りは、ほんとうなら、二つ目通り
なのであろう。竪川に架かる橋の、隅田川側から、
一つ目、二つ目、三つ目、四つ目と、それぞれ
橋があり、その通りは一つ目通り、二つ目通り、
三つ目通り、四つ目通り。
現在は、三つ目と四つ目だけが、通りの名前として
使われている。

清澄通りをそのまま北上。

森下交差点の手前。
ここにちょっと寄りたい、カトレアという
パンやがある。

今は、ほんとうに、ごく普通の街の
パンやさんだが、実は、カレーパン発祥の
店、と、いう。

1927年(昭和2年)、深川常磐町の[名花堂]というところが
カレーとカツレツを合わせたものして「洋食パン」という
名前で実用新案登録したのが、カレーパンの元祖らしい。

当時は『一つ食べると腹持ちがいい』というので
森下界隈の職人達に大好評であったという。

[名花堂]は、なんと、1877年(明治10年)の創業。

この店が、今は[カトレア]という名前になって
いるこの店なのである。

お店の前で説明をし、次の焼き上がり(揚げ上がり?)は
3時、とのことで(私は)帰りに寄ることにし、
清澄通りを先に歩く。



これが、カトレアの元祖カレーパン。
濃厚でうまい。
この他に、辛いものもある。



ちなみに、池波先生御用達のカレーパンは、
下北沢のアンゼリカ


昨年、この講座の受講生の方に、いただいて
食べたことがある。
ここもうまい。




と、いったところで、また明日。






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