断腸亭料理日記2012

新橋演舞場・秀山祭九月大歌舞伎

その2

9月17日(月)

引き続き、新橋演舞場の歌舞伎見物、
『菅原伝授手習鑑・寺子屋』。

芝居中、特に、クライマックスにかけて、
一人で観劇されていた隣のお婆さんなどは、
涙をふいていた。

観終わって、私の正直な感想は、なるほど、
これは女性には受けるはずである、と。

それも200年以上も経った、現代においても、
で、ある。さすがに名作。

が、ちょっと引っ掛かるところもあったのだが、
その考察は、後へ回すとして、次の『河内山』まで
休憩、昼飯。

ビールとお茶を買ってきて木挽町瓣松の弁当。



弁(瓣)松というのはもともとの本店は日本橋。
ここは18501850年(嘉永3年)創業。
場所柄、日本橋魚河岸そばの食事処として始まり、
忙しい人々のために食事を折に詰めるようになり、
これが折詰弁当の初めという。

日本橋弁松は今も日本橋にあり、日本橋三越などでも
買うことができる。

ただし、こちらのものは、特別にしょうゆの甘辛の
味が濃い。今となっては、これがウリ、と、いってよかろうが、
木挽町瓣松の方は、暖簾分けなのだと思うが、
創業140年という。
日本橋に比べると、江戸の生麩、つと麩など、
入っているものは変わらないのだが、味付けは
いたってマイルド。

食べ終わって『河内山』の幕が開く。

ほんとうの名前、外題は『天衣紛上野初花』
(くもにまごううえののはつはな)という。

『天衣紛上野初花』は別名、河内山と直侍といい、
二つのお話が並行して進行するのだが、今回は
そのうちの『河内山』だけが演じられる。

作は黙阿弥。初演は江戸ではなく、明治14年。

前回も書いたが、今年の正月、直侍付きの通し狂言であるが、
幸四郎で河内山を観た。
(詳細は上記のリンクを参照されたし。)

今回は吉右衛門。

さすがに吉右衛門先生、人間国宝、家にビデオもあり、観てはいるし、
なん度も演じ、自家薬籠中のものなのであろう。

大名家を強請(ゆす)りにかけ、正体がばれると、けつをまくる。

すると、大向うから、播磨屋!、待ってました!、たっぷりぃ〜〜、

と、声が掛かる。

見所の、黙阿弥得意の七五調の名台詞。

ちょっと長いが、書き出してみる。

 悪に強きは善にもと、世のたとえにもいうとおり、

 親の嘆きが不憫さに、娘の命を助けるようと、腹に企みの魂胆を、

 練塀小路に隠れのねえ、御数寄屋坊主の宗俊が、頭の丸いを幸いに、

 衣でしがを忍が岡。神の御末の一品親王、宮の使いと偽って

 神風よりゃぁ御威光の、風を吹かして大胆にも出雲守の上屋敷

 仕掛けた仕事のいわく窓。家中一統白壁と、思いのほかに帰ぇりがけ、

 とんだところへ北村大膳。腐れ薬をつけたら知らず、

 抜きさしならならねえ、高頬のほくろ、星をさされて見出されちゃぁ、

 そっちで帰れといおうとも、こっちでこのまま帰ぇられねぇ。

 この玄関の表向き、俺に騙りの名をつけて、若年寄へ差し出すか。

 ただしゃぁ無難にこのままに、お使僧で無難に帰すか、

 二つに一つの返答聞かにゃぁ、ただこのままじゃぁ、、、

 

 おい!、おりゃ、帰ぇらねえよ〜。

 略

〜若年寄りの支配を受け、お城を勤める御数寄屋坊主、

 おい!、河内山は御直参だぜぇ〜。

そして、最後、花道から引き下がる時に、大音声で発する

捨て台詞の、ぶぅあ〜〜かめ〜〜〜


吉右衛門の存在感と台詞の迫力。

エンターテイメントとしては最高、で、ある。

今『天衣紛上野初花』は、直侍の部分を省いた、河内山だけで
演じられることの方が多いよう。

河内山宗俊というのは過去には、映画などにも盛んに取り上げられた
人気のキャラクターであったのだが、現代的にはもうそろそろ
忘れられつつあるやにも思う。

前も書いたが、もう一つの直侍の幕、雪の降る入谷の蕎麦屋、
そして、清元の「忍逢春雪解(しのびあうはるのゆきどけ)」がよい
「寮の場」など、黙阿弥の書きたかった“江戸”がある。
河内山もわるくはないが、個人的には、
こちらの方が観たい芝居、では、ある。

3時すぎ、昼の部としては、早くはねた。

銀座の街を、少しぶらぶら。

しかし、暑い。

着物というのは、たとえピラピラの絽であっても、
着ている枚数は、シャツ、襦袢、着物、羽織と
四枚になり、半袖に短パンで歩くのとは、
随分な違い、で、ある。

どこか、蕎麦やのようなところで、
ちょいと休んで、と、思うのだが、
銀座というところは、意外に手頃な蕎麦やは
少ないのではなかろうか。

以前は、老舗系もあったと思うのだが、
趣味蕎麦のようなものはあるのだろうが。

結局、京橋まで歩いて、美々卯。

うどんやだが、老舗。
こういうところならば、安心であろう。

涼しい二階へ通され、ビールをもらい、一休み。

肴は小鮎のから揚げ。


うどんは、海老天のぶっかけ。


食べて、銀座線で帰宅。


長くなった。

もう一日「寺子屋」の考察にお付き合いいただくとして
今日はこの辺で。

また明日。







 


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