断腸亭料理日記2014

江戸人のこと その4

三回に渡って書いてきてしまった「江戸人のこと」。

なにか大層な内容を書き始めてしまったようで、
半ば後悔してはいる。

私は落語が生まれた江戸後期の江戸人というのは素晴らしい、
「江戸(後期)至上主義」のようなことを
言ってはどうか、とも思っており、今回の文章を
書き始めたようなところがある。

江戸後期の江戸人の中にあったと私が考える、ある意味の『自由』
というのには明治以降の日本人がなくしてしまったもので
現代においてもう一度思い出してもよいものではないか、
ということである。

さて。

前回、鎖国というものがあったから、
この『自由』というものが生まれたのでは、と書いた。

戦乱のない時代が200年続き、都市が発達し、
閉じた社会だから、そうそう頑張らなくてもよい
『自由』な社会、『自由』な人生観が生まれた?。

幕末から明治、そしてそれは現代でも続いているのであろうが、
欧米列強に伍して世界の中で生きていかなければ行かない状況では
(生ぬるい?)『自由』なんということを言っていては
とても成り立たない。

あるいは、そうなのかもしれない。

では。

江戸後期になぜ江戸人は『自由』な人生観を手に入れたのか。

本当に鎖国下の我が国の江戸という大都市だから生まれたのか、
もう少し考えてみようと思ったのではあるが、考察するには、
まず、例えば、いつ頃からどんな風にできてきたのか、時系列に例を示して
分析しなければならならなかろうし、私自身、今は種が足りていないと気付き、
これはやめにした。

その代わりといっては、なんなのだが、こんなことに気が付いた。

この『自由』というのは、今盛んにいわれている
“ダイバーシティー”ということなのでは、なかろうか、と。

多様性と訳すのか。

人種、性別、出自、身体的特徴その他、
こういったもので、就労などにおいて差別をしてはならない。

つまり、社会の中にはいろんな人がいて、それぞれが
自己実現ができるような世の中の仕組みでなくてはならない。
まあ、そういったことなのであろう。

こういうことを、“弱肉強食グローバルスタンダード”の欧米
(英米?)が言い始めたというのは、皮肉な話ではある。
(どうも奴らは極端ではある。こういうことを言い始めたら
そうでなくてはすべて野蛮人であるという論調になる。
鯨の件もそんな気がする。そういうことも含めて“多様性”
があってもよいのでは、とはいえぬのか?。)

ともあれ。

社会の中で、皆が皆、同じ価値観である必要はまるでない。

落語「大工調べ」には、確信犯の与太郎もいて、跳ねっ返りの棟梁もいて、
(ある側面は因業大家だが)常識人の大家さんもいて、
違った価値観を持った三人で、対立(喧嘩を)しながらも、
同じ町内の構成員として暮らしているのである。

では、ダイバーシティー社会では世界と戦えないのか?。

そういう議論は聞いたことがない。

結局、明治以降に広められた画一的な価値観に
縛られて、息苦しい世の中になっているのが
現代なのである。
企業社会など今でもその典型であろう。
(結局、仕組みだけではなく価値観を変えなければ
大きくは変わらないのである。江戸後期江戸人の
『自由』は仕組みではなく価値観であった。)

そういった価値観で我が国を塗り固めなければ
日本という国の発展はなかったのか、といえば、
多少スピードは遅かったのかもしれぬが、
私はそうではなかったのではないか、と思っている。

薩長による討幕とその後の彼らによる明治新政府ではなく、
幕府勢力も含んだ連合政府のようなものができていれば
江戸文化もある程度守られたであろうし、今とは
違った現代になっていたのではなかろうか。

朝鮮半島併合や、中国侵略もなく、米英を相手にする
無謀な太平洋戦争もなかったかもしれない。
(むろん、そんなことはわからないが。)

明治人の頑張り、戦後の焼け跡から復興した先人の
努力を全否定するつもりはないが、今もよき成功体験として
懐古する論調には私は疑問を持っている。

仮説「江戸(後期)至上主義」のようなもの、
江戸後期の江戸人が持っていた『自由』な価値観は
素晴らしい、ということ。

個として自立し、互いの個を大切にする、
普遍性のあるものであった、と。
(そしてそれが本来の江戸落語の中には散りばめられている。)

東京に生まれ育ち、下町的、落語的価値観に
居心地のよさを感じる者としての、今の考えである。



 


 


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