断腸亭料理日記2017

江戸甘 その2

8月4日(金)夜〜

金曜日。

栃木から例によって、スペーシアで浅草まで帰ってきた。

今日は、松屋で蜆を買って帰ることにした。

これは、先日の江戸味噌「江戸甘」の続き。

今はほんの少量しか作られていない江戸からの東京地場の味噌、
江戸甘を手に入れて、酢味噌を作り、ぬたにしてみた。
結果は、私がいつも代用として作っている、西京味噌と八丁味噌を
合わせた桜味噌とほとんど違いないものであった。

この時の宿題。

「江戸甘」だけで味噌汁を作ったらどんなものか。

戦前までは東京の味噌の過半数はまだ「江戸甘」であったというが
それならば、東京の庶民もこれで味噌汁を作っていたのではないか
と考えたのである。
私にとっては、故郷東京の本当の味の探索になる。

味噌汁の実をいろいろ考えたのだが、野菜ではなく貝。
東京湾、江戸前の海や河口で盛んにとれていた、蜆(しじみ)。
これであれば、まず適当であろう。

松屋の地下で1パック、買ってきた。

今時、砂抜きは必要なかろう。

軽く洗って、鍋へ。

蜆なので出汁もいるまい。

水からそのままで、煮立てる。

殻が開いたら火を止め、「江戸甘」を溶き入れる。

どのくらいの濃さがよいのであろうか。
今一つ、加減がわからない。

味見をすると、色は黒いが、味はやはり甘い。

西日本の方であれば甘い味噌汁には馴染みが深かろうが、
私は戦後の東京生まれなので、ほぼ信州味噌の味噌汁で
育ち、甘い味噌汁というもの自体が、まったく馴染みがない。

味がぼやけているようなきもするのだが、、、。

だが、味噌をたくさん入れると
もっと甘くなるわけで、踏み切れない。

よいか。

こんな感じ。

こんな感じといっても、見た目では、赤だしのようで
味は、わからなかろう。

甘いわけだが、なんだか、ピンとこない。

もう一つ、妙なのは蜆の出汁の味がしないこと。

蜆が少なかった?、かもしれぬが。
普通の信州味噌などで蜆を入れても蜆の出汁の味がするように
思うのだが、、、。

「江戸甘」というのは、蜆が負けてしまうほど
味が強いのであろうか。

なんであろうか、これは。

むろん、江戸甘味噌の扱いに慣れていないということもあろう。
そして、正解を知らない。
つまり、江戸甘の味噌汁の正しい味を知らないのである。
まあ、目的地がわからず、こんなものかなぁと、当てずっぽうに
歩いているようなものである。

あるいは。
最初から、こんなものであった?!。

ともあれ、正解を探さねば。
駒形[どぜう]のどぜう汁であろうか。
丸鍋のどぜうの下煮に江戸甘を使っているのであれば、
どぜう汁も、江戸甘を使っている可能性は高かろう。
(実は、食べたことはあるのだが、随分前で確かな記憶が
ない、のである。)

さて。

このままでは、しょうがない。
なんとか、江戸甘を使おう。

それで、考えたのは、なめ味噌系。

茄子の油味噌。

茄子を軽く油で炒め、そこに酒と、江戸甘を入れて、
煮詰める。

これは、予想通りの味。

やっぱり、赤白合わせの味といってよろしかろう。

もう一つ。

これもほぼ、おんなじなのだが、豚挽肉とピーマン。
炒めて、煮詰める。
こっちは、江戸甘だけでは物足りず、さらに砂糖も
加えてしまった。
挽肉など入れると、より甘い方が、好みであった。

とにもかくにも、
こういうものでは、絶大な威力を発揮する。

さてさて、それにしても味噌汁。

ひょっとすると、味噌汁もかなり濃いめに入れる
のではなかろうか。
ただでさえ蜆が負けたのだが、まあ、
ほぼ出汁の味などしないくらいになるが。

逆に、出汁をべら棒に濃く取ったもので作ったら
どうなるのか、、、。
あるいは、両方べら棒に濃くする。
(実際には、例えば、戦前、庶民には鰹節にしても
高価なもので、そうそうふんだんに使っていなかった
というのがほんとのところ。
出汁を濃くするのは実像とは違いそうだが。)

まあ、とにかく、しばらく、試行錯誤をしてみようか。

故郷の味探索。

簡単ではない。

 

  

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