断腸亭料理日記2005

ジャポネ、である。

6月29日(水)第一食

先週から、風邪を引いているのであるが、
少しよくなっては、動き、多少、無理もしているのであるが、
結局、休んでしまった。

朝、病院へ。

昨夜から、頭は、ジャポネ、で、あった。

やはり、しばらく食べないと、
無性に食べたくなるものの一つでは、なかろうか。

とっとと、帰宅し、寝た方がよいのはわかっているが、
折角、出たのであるから、などと、理屈を付け、
有楽町までまわることにする。(車である。)

銀座、有楽町界隈、今まで出したことがなかったが、
江戸の地図である。

今は、銀座は、八丁目まであるが、
その昔、江戸の頃は四丁目まで。
それ以降は、尾張町、竹川町、出雲町。
また、現在の中央通り沿いだけが、銀座、であった。

さらに、全体は、西側が外濠、東側は三十軒掘、
北は京橋川、南は汐留川、など、四方を堀川に囲まれた、
埋立地の様相を、色濃く残していたのである。
(実際に、古い海岸線は、日比谷あたりで、
銀座は、埋め立てられた土地である。)

数寄屋橋交差点。
知らない方はおられないかと思うが、ソニービルのある交差点である。
念のために書くと、この交差点は、以前は、外濠に架かる、橋、
(江戸時代は、内側の有楽町側は門になっていた。)
であったのである。

数寄屋橋は、ドラマや、映画で、
あまりにも有名であるが「君の名は」のすれ違いの舞台となった。

外堀が埋められ、数寄屋橋がなくなったのは戦後も1957年
のことである。

今の、ジャポネのあるギンザインズ(首都高)のある場所は、
外堀の内側であるから、町屋ではなく、南町奉行所や、
武家屋敷地(あるいは、道?)であったものと思われる。

さて、ジャポネ、である。
11時前、さすがに、列もなく、空席もある。
(ちなみに、開店は10:30である。)

運良く(?)、フライパンの前に座れる。
じっくりと、調理の様子を見よう。

注文は、当然、インディアン(普通)。

まず、でかいフライパンである。
調理をする方は二人。
(この時は、比較的若い方二人であった。)

見ていると、分業があるようで、ある。

一連の作業を分解してみる。
まず向かって左側の方が、フライパンをヘラでゴリゴリと
前回のコゲなどをこそげ取り、乾いた布(みてくれは、雑巾?
しかし、このフライパン拭きに、しか使わないのであろう。)でよく拭く。

そこへ、マーガリンを、ドカッ。
太麺の茹でスパゲティー、注文の何皿分かを、手で、ドカドカ。
フライパン上で、さらに、手でほぐす。
大量のためフライパンを煽るのも、たいへんである。
大きな菜箸で、グゥワッっと、混ぜながら炒める。
そうとうな、力の持ち主である。

ある程度炒まったところで、右の方に渡す。
右の方は、具を入れ、仕上げ。

おおかた、そんな感じのようのようだが、どこかで、
二人で分けているのであろう、右かと思っていたら、
筆者のインディアンは、左の方から出来てきた。

出来上がり。

これはもう、言葉もない。

うまいこと、おびただしい。
風邪を引いて、食欲がなくとも、これは別である。

もったりした、濃い味のカレーと、ジャポネ独特の
魔法のスパゲティーの味、である。

やはり、来てよかった。


ジャポネ TEL 03-3567-4749
〒104-0061 東京都中央区銀座1丁目1−1



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