断腸亭料理日記2008

箱根・塔ノ沢・福住楼・2008 その3

1月13日(日)夜〜14日(月)

さて。

富士屋ホテルのランチを終え、塔ノ沢、福住楼まで、戻る。

今日の箱根の天気は、曇りで、時折、細かい雨。
気温はどのくらいなのだろうか。
わからぬが、東京者で、寒がりの筆者には、むろん、寒い。

富士屋ホテルで食事をしている間、山に、ガスがかかっている、と
見ていたら、帰る頃、再びその山を見ると、ちょうど、
ガスのかかっていたところから上が、白く、雪化粧をしていた。

帰って、風呂に入って、また、ごろごろ。

と、もうすぐに、また、夕飯。

昨日は、もう一つ、で、あった。
部屋や風呂も大事だが、やはり食い物、夕飯はだいじ。
今日は期待したいが。


刺身は、平目、薄造り。


ちょっと、期待が持てるかもしれない。

鍋は、たらばがに。

焼き物に、鰤、が出て、
蒸し物。


そば。その下に、鱈と思われる白身の魚。
そばはうまい。

揚げ物、海老しん薯。


煮物、里芋、銀鱈など。


赤だし、ご飯。

こうして、毎年来て、毎年日記に書いていると、
記憶だけでは、あいまいになっていくものが、良くも悪くも、
年々の違いが、如実にわかってしまう。

板さんが変わっていたり、費用やら、
考え方やらが変わっている、ということもあるのだろう。

昨年来の板さんは、いろいろ、書いてはいるが、
力は入っていた。
今年は、どうも拍子抜け。
(※注↓)

普通のものを、普通に(まっとうに)作り、うまく食わせる、
というのが最も大切なことである、とは、思うのだが
やはり、比べてしまえば、こういうところの料理は、
手を替え品を替え、楽しませてもらいたいもの、とも思う。

きっと、初めてこの宿に泊まり、この料理を食べれば、
こういうものとして、満足するのであろう。

また、ここ、福住楼は、箱根の同ランクの老舗温泉宿の中では、
気持ち、安い、のではないかと思う。

例えば、やはり塔ノ沢では、福住楼以上の老舗、
隣の「環翠楼(かんすいろう)」は、もう少し、上がる。

ちなみに、筆者は環翠楼には、泊ったことはない。
ここは伊藤博文が名付け親といい、また、あの、皇女和宮が湯治をし、
そのまま、薨去されたところ。さらに、天璋院篤姫も定宿だったりと、
福住楼が、文人芸人が客筋であったのに対し、
環翠楼は、皇族、華族、政治家、の訪れるところであったのだろう。

(まったくの余談だが、この箱根にいる間に、その、篤姫。
年明け始まったばかりの、今年のNHKの大河ドラマでもあるが、
宮尾登美子氏の原作、「天璋院篤姫」を読んだ。
はっきりいって、おもしろかった。
これを、あの、かわいい、宮崎あおい、が、演るのか、とも思った。
“時代”というものもあったのであろうが、
篤姫という人は、ほぼ、男、である。
(特に、徳川瓦解後)この人のしたことは、
女性的な発想からは、出てこない、と、思われる。
こういう女性もいたのか、というのが率直な感想であった。
ご興味のある方は、是非、一読をお勧めする。
(大河ではどこまでやるのだろうか。瓦解後もやるのだろうか、、。
視聴率は取れそうにないので、そこまでやらないか、、。))

食事が、昨年に比べて、いま一つであったのは、諸物価高騰の折、
ちょっと安いことも、関係しているのか、とも思ってしまう。

一度、話の種に、環翠楼にも泊ってみてもよいかもしれない。

しかし、今年はたまたま、そういうときに、
出くわしてしまったような気もするし、客筋から考えれば、
筆者には福住楼が合っているのは、間違いないだろう。

さて、翌朝の朝食。

湯豆腐に代わって、ハムエッグ。


鯵の開きに代わって、えぼ鯛の開き。
やはり、飯がうまく、二膳。

食後、風呂にいき、上がって、帰り支度。
勘定をし、10時に、立つ。

帰り道、内儀(かみ)さんの希望で、
湯本の藤屋という梅干やに寄り、梅干しを買う。
(筆者は、梅干しなど、普段はほとんど食べないので
わからないが、内儀さんは、ここの、はちみつ梅干し、
なるものがうまいといっている。)

湯本を下り、小田原厚木道路に乗り、どこにも寄らずに、
まっすぐ帰宅。

帰りは、1時間半もかからず。
はやかった。
着いたのは、11時半前。


※注2008/03/20追記

福住楼に長年通われているという方、から、板さんはここ四年変わっていないと
メールをいただいた。
本質的には板さんが変わっているかどうか、という問題ではなく、
昨年と比べて、力の入り方が違っている、ということ。

筆者にとって、福住楼は書いている通り、料理だけが目当てではなく
それを補って余りある時間と空間を得られる貴重な場所だと思っている。
また、料理の変化は今回だけでなく、今までもあったが、
それでも途切れずに、通っている。
また、今年はたまたまハズレの日であった、のかもしれず
きっと、今年もかわらず通うのであろうとも思っていることを
明記したい。




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