断腸亭料理日記2010

神田・洋食・松栄亭 その2

さて。

今日は、昨日のつづき。

旧神田連雀町(路地一本をはさんで北側の、ここは、
現在は、須田町ではなく、淡路町の一部)の洋食の松栄亭。

座って、ビールをもらい、洋風かき揚げと、
チキンライスを頼んだところまで。


ここは、1907(明治40)年創業。
今は三代目、と、いう。

池波先生のエッセイの引用をお許し願いたい。

〜〜

この松栄亭の初代店主・堀口岩吉には、明治中期に東京帝国大学が

哲学教授として招聘したフォン・ケーベル博士との深いむすびつきがある。

(中略)初代は、麹町の有名な西洋料理店[宝亭]で仕あげた料理人

(コック)だが、ケーベルの専属となってからの或る日。

夏目漱石と幸田延子(露伴の実妹で女流ピアニスト)が予告なしに

ケーベル邸を来訪したことがある。

 「何か、めずらしいものをすぐにこしらえて出して下さい」〜〜

 そこで初代が急なことで何の用意もないまま、冷蔵庫の肉と

鶏卵を取り出し、小麦粉をつなぎにして塩味をつけ、フライに

して出したところ、これが大好評だった〜〜


「散歩のとき何か食べたくなって」(新潮文庫)


〜〜

池波先生は、松栄亭については、この他にも、いろんなエッセイに
書かれている。これは、ここの看板メニュー、洋風かき揚げにまつわる、
明治の文豪、夏目漱石先生のエピソード、で、ある。

名物の洋風かき揚げは、今、「夏目漱石が愛した、あるいは、好物だった
松栄亭に通った、などなど」様々な冠をつけていう人もいるようである。
しかし、池波先生の文と、下記のこの店のHPの記述を信ずれば、
正確ではなかろう。

ここの初代が、この店の開業前に、お雇い外人のコックをしていた頃
食べさせたものを、開業後、メニューにした。
食べたことは間違いなかろうし、文豪のために作ったメニューというのも
そうなのであろう。が、しかし、開業後に漱石先生が
ここへきたと書いているものは、なさそう、で、
きていないともいえないし、きた、ともいえない。
(すなわち、愛した、好物、通った、といい切るのは、
正確ではないだろう。)
理屈をいえば、そういうことである。

蛇足ついでに、もう少し理屈をいってみよう。

漱石先生に食べさせたのは明治30年というから、当時、は30歳頃。
『猫』を書く7〜8年前である。その頃、その筋では帝大を出た、
著名な英語の、夏目金之助、先生だろうが、一般に誰もが知っている、
という人ではなかったのではなかろうか。

と、すると、その時のコックである松栄亭初代は、なぜ、
夏目金之助先生がそれがその後の漱石先生であると
わかったのか、作家になるまでつき合い、音信、が
あったのか?

この店の開業が明治40年というので、出会いから、
10年も経っている。この間、漱石先生は英国留学などしたり、
神経衰弱の再発、、まあ、いろいろしている。

松栄亭開業に伴って、お祝いに漱石先生が訪れた、ということは、
考えずらいような気もする。

いや、あるいは、つき合いが、あったのかもしれぬ。
だから、こうして逸話として残っているのかも。

ともあれ。

まあ、実際のところ、この種のエピソードの真偽は、
そっとしておくに、限る、ような気もする。

閑話休題。

ビールを呑みながら待つことしばし。

洋風かき揚げが、きた。


相前後して、チキンライスも。



洋風かき揚げは、半月型の、かき揚げというのか、
こんがり揚がった、小麦粉の塊。

初めてではないはずだが、なにぶん、20年も前のことなので、
定かには覚えていない。こんなものであったか、という印象。

置かれていた、ナイフフォークで切って食べてみる。

ん?

いや、意外に、と、いうのもヘンだが、
うまいではないか!?。

ミテクレは、オムレツのようでもあるが、
かき揚げ、と、いう通り、小麦粉を揚げたもの。

ふんわり、と、まではいかないが、ほどよい食感。
表面はカリッとしている。
中には、豚肉。焼豚、あるいは、コールドポークのようなものと、
玉ねぎのみじん切りが、ちらほら。

そんな感じのもの。

様子を見て、ソースをかけようか、と、思っていたのだが、
食べてみると、別段、なにもかけなくとも、
味は付いているようで、これだけでOK。

こんな味であった。
ビールを呑みながら、うまい、うまい、と、食べ終わり、
チキンライスにかかる。

味は、いつも食べている、浅草のヨシカミ
の濃い味と、お上品な銀座の煉瓦亭の中間程度であろうか。

濃くもなく、薄くもなく、うまいチキンライス、
で、ある。

ある場所も、神田は銀座と浅草の中間。
なにか、おもしろい。

しかし、どうでもよいが、チキンライスには福神漬が
添えられている。

これは、なんとなく、おもしろい。
今、福神漬といえば、カレーライス、で、ある。

今のヨシカミは、福神漬なし。
煉瓦亭は憶えていない。
銀座資生堂パーラーは、福神漬どころではなく、薬味セットとでもいおうか、
甘酢のらっきょう、おいしいみかんのシロップ漬けまで
ついている。

天丼や、親子、かつ丼などには、そばやでも
必ず、お新香は付ける。
以前は、洋食やでもカレーだけでなく、ご飯もの
という位置付けで、こうしたお新香にあたるものは
つけるもの、だったのかもしれぬ。

遥か昔、子供の頃、定かではないが、
そうだったような気もする。



神田松栄亭、明日もつづく。


住所:千代田区神田淡路町2-8-6
電話:03-3251-5511







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