断腸亭料理日記2015

里芋とねぎのふくめ煮 その2

11月7日(土)第一食

引き続き、里芋とねぎのふくめ煮。

泥付きの、里芋。


これをどうするか、で、ある。

大きな問題である。

軽く泥を洗って包丁で厚めに皮をむく、
と、料理の本などには書いてある。
プロもおそらくそうであろう。

私は、たわしでこすって洗うことにしている。

芋を洗う、という慣用句がある。
プールなどが人が多くて、芋を洗うようだ、と。

芋を洗うのは、私の子供の頃はまだやっていた
記憶があるが、八百屋の店先で樽に水を張り
泥付きの里芋をぎっしり入れ、木の棒を二本入れ、
かき混ぜながら、洗う。
芋どうしがぶつかり合って、泥や表面の毛をとる。
(今は、ご存知の通り洗ってパック詰めになったものも売ってはいる。)

芋洗いで、余談なのであるが以前におもしろい歌舞伎芝居を
観たことがある。

2011年の新春歌舞伎

「御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)」というもの。

ご存知、弁慶が出てくる勧進帳なのだが、定番の勧進帳とは
別バージョンのもの。
この芝居、“芋洗い勧進帳”“芋洗い弁慶”などと呼ばれている。
勧進帳を暗誦して義経を逃がすのだが、この後“芋洗い”では
弁慶が関所の番士達と大立ち回りをし、番士の首をちぎっては投げ
ちぎっては投げ、、、巨大な樽にちぎった首を入れ、その樽の縁に弁慶は
仁王立ちになり、二本の棒で首を里芋に見立てて、洗う。
なかなかすごい舞台である。

詳しくは、上のリンクのページをご参照いただきたいが、
芋洗いには、実はもう一つの意味がある。

芋というのは以前は疱瘡(ほうそう=天然痘)ことを
指していたのである。

つまり“芋洗い”は疱瘡の病を治すために洗う、ということ。

以前は芋洗い(一口と書く)神社という名前の疱瘡除けの神社が
全国各地にあり、そこで水で洗って祈願をする習俗があったのである。

「芋洗い弁慶」は疱瘡除けという意味合いが込められた
芝居であったのである。

八百屋の店先での“芋洗い”がこうした呪術的な
疱瘡除けが意識されていたのかどうか。江戸期にはむろん、
明治あたりまではであれば芝居になっているくらいなので、
一般に知られていることではあったかもしれない。

閑話休題。

芋洗いをみならって、というわけでもないが、
包丁で厚くむいてしまうのは、もったいないように
思うので、たわしでこすって洗う。


包丁でむくよりも時間がかかってしまったが、、。

一つを1/4に切る。

ねぎは五分(1.5cm)切り。

鍋に先に芋を入れ、酒としょうゆ、水。


点火し、柔らかくなるまで煮る。

砂糖を入れてもよいのだろうが、からめの煮付けが好み。

ねぎは、里芋が煮えてから。

太いところから先に入れ、


時間差で、青いところも入れる。


ねぎをしょうゆのつゆに入れた時に、独特のにおいが出る。
駒形[どぜう]が営業中、店そばを通るとこのにおいがしてくるが、
堪らないものがある。
(駒形[どぜう]では、どぜうの丸鍋に山盛りのねぎをのせて煮ながら
食べる。どぜうを食べているのか、ねぎを食べているのか
わからないくらいのねぎの量ではある。)

酒の燗もつけねば。

火鉢はさすがにまだ早いのだが、鉄瓶を熱くする。


酒の燗をつけるのは、ケトルよりも薬缶。
薬缶よりもやっぱり鉄瓶であろう。

酒は菊正宗。

ねぎも煮えた。

器に盛る。


ねぎと里芋。
まったく、なんの変哲もない、ありふれた野菜の組み合わせであるが、
これが、うまい、のである。

また、からいしょうゆ味が辛口のキクマサに合うこと
筆舌に尽くしがたい。

まるで上品なものとは無縁であるが、こんなものが
江戸東京下町の味、なのであると思う。

そして、里芋のこと、日本人として
忘れないように、私も心がけねば。




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