断腸亭料理日記2016

最近の?東京落語のこと その1

たまには、落語のことも書いておかねば。

最近は(も?)、なん度目かの落語ブームであるという。

今回は、なんでも「シブヤ」あたりで、
若手イケメン落語家が人気、とのこと。
それも若い女性から。

春風亭昇々、瀧川鯉斗、林家木りん、、なんという名前が出てくる。

談志家元後、寄席はおろか、ホールの落語会、さらに誰かの独演会にも
ほぼ、いかなくなってから久しい私には、まったく知らない名前、
で、ある。(昇々さんは、TVでみたことがあったか。)

しかし、なんにしても落語に日があたって、
一人でも多くの日本人の耳に落語が届くというのは
大いに歓迎すべきこと、である。
よかった、よかった。

最近の私はというと、もはや若手ではないが、
私などと同世代の音をyou tube、CD、あるいは、
iTunesなどで買って、聞いている。

具体的には、前から贔屓ではあった、同い年の
喬太郎師、それから桃月庵白酒師、それにむろん、
立川志らく師、志の輔師、談春師、あたり。

今までほとんど聴いたことも、視たこともことも
なかったのが白酒師(47歳)だが、ちょっと不思議なフラのようなものが
あっておもしろい。特に枕が秀逸。
五街道雲助門下で古典の噺本体もまあ、そこそこ正しく
演じている。

私は書いている通り、20代の終わり頃、
亡くなった立川談志家元に魅せられ、一時は仕事を辞めて
家元に入門したいとまで、考えた時期もあり、落語=立川談志
であった。
いや、正確にいえば、=(イコール 100%)ではなく、
75%くらいであろうか。
残りの25%は素人弟子として30代の前半、5〜6年通った
志らく師である。

談志家元が亡くなったのが、11年震災の年。
あれから5年少し過ぎ、私の落語に対する考え方というのか
見方がだいぶ変わってきたことを実感する。

家元は最晩年であろうか“江戸の風”というようなことを
いっていた。
江戸古典落語で必要不可欠なものというような文脈で
である。

“江戸の風”を言葉で説明すると、
噺の中に江戸時代、あるいは江戸というところの
人や風物、その他様々なものが生き生きと動いている、
というようなことになるのか。

家元存命中は、なんだかあたり前のこと、
と、思っていた。

亡くなって5年が経ち、先に書いたような立川一門や
その他、私が気になった落語家の噺をこのところ集中して聴いてみて、
やっぱり思うのは“江戸の風”が吹いている噺をできる
落語家は完全にいなくなった、ということである。

今も古典のうまい、かなり完璧に演じられる師匠も皆無ではない。
白酒師の師匠の雲助師などはその例であろう。
あるいは、今の落語協会の会長、柳亭市馬師(54歳)など
口跡も明晰、きっちりとした古典のうえに、
掛取万歳などを聴くと、噺の中でいい声で唄が唄える人もいる。

だが、やっぱり違う。
彼らの噺に“江戸の風”は吹いていない。
(部分的にはある人もあるが、落語界に、あるいは世の中に
影響を与える程度に吹いている人はいない、と言い切って
よろしかろう。)

つまり古典がきっちりできることは“江戸の風”の必要条件では
あろうが十分条件ではないのである。

では“江戸の風”が吹いていた落語家はどんな人であったか。

例えば、昭和の名人、三人。
三遊亭圓生師、桂文楽師、古今亭志ん生師。
この他に、金馬師、なども加えたいし、噺によっては
三木助師、柳好師など、数々の“江戸の風”が吹いていた
落語家はあった。これらは時代的には昭和30年代あたりまで。

人間国宝小さん師がどうだったかというと、
私の考えでは、ちっと違うか。

談志師よりも先に亡くなった、古今亭志ん朝師は
吹いていた。

ここまでか。
大方の落語ファンの皆様、ご同意いただけようか。

毎度書いている通り、昭和30年までの東京には
長屋があって庶民の生活の中に“江戸”があった。

落語以外にも、講談なんという隣の演芸もあって、
それらでも“江戸の風”が吹いており、聴く人々と相まって
一つの空気感が作られていたのだと思われる。

明治100年が昭和43年。
おおかた100年もたてば“江戸の風”は終わる。

東京オリンピックがあって東京の街は大きく変わり、
高度経済成長時代に突入。(私などの世代は、文字通りその渦中に
育ったわけである。)

結局、やはり志ん朝師、談志師二人で、滅びかけた江戸落語の
“江戸の風”を40年ほど生き長らえさせたとみるべきなのであろう。

談志が死んだ日が、江戸古典落語が死んだ日であった
ということである。

ついでに書くと、池波先生なども同じような捉え方ができる。

鬼平、梅安、剣客などの人気3シリーズは、
やはり、オリンピック後、東京の街から失われていく“江戸の風”を
作品の中に再構築したものである。

私自身は東京で生まれ育ち、父方は曾祖父までさかのぼると
大井町あたりの百姓であったわけだが、生まれた頃には、
今書いた通り、故郷である父までが暮らしていた東京(=江戸)から
江戸が亡くなっていったという、ある種の故郷喪失感に
成人後(バブル後であるが)気が付き、それを埋めようと
してきているわけである。

一方、歌舞伎はどうなのか。

落語とはまたちょっと違っているが、
“江戸の風”を吹かせてきたもの、といってよいだろう。
特に河竹黙阿弥作品群。

幕末の作品になるが、泥棒を扱った白波物、
あるいは、私もここでよく書いている、
直侍(なおざむらい)が雪の入谷の老夫婦の営む蕎麦やで
蕎麦を喰う「天花粉上野初花(くもにまごううえののはつはな)」。

一言でいえば“粋”という概念になるかもしれぬが、
これらは間違いなく“江戸の風”であり、
江戸の美学を現代に伝えている。

しかし。
現代において、これが“江戸の風”であり
江戸の美学であるということを、判って、
拍手を送っている観客がどれだけいるのか、
ということにも思いを致さねばならなかろう。



もう少し、この稿つづけよう。



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